2008年12月25日

津島の遊女、ツバメ姉さんの台詞

藤吉郎伝―若き日の豊臣秀吉 3.蛤」より津島の遊女、ツバメ姉さんの台詞


お寺を飛び出した藤吉(後の豊臣秀吉)は祖父のいる清須城下で、手に職を付けようと様々な職業を経験しますが、どれも長続きしません。祖父に連れられて津島に行き、叔父の塩屋に奉公しますが、そこも飛び出して、蛤売りになります。


 藤吉も十四歳になり、多少、色気づいて、人並みに女に興味を持ち始めていた。

 自分ではもう一人前の男だと思っていても、はた目から見れば、身なりの小さい藤吉は十歳位の子供にしか見えなかった。花街の女たちも、藤吉を子供だと思って気を許して、からかって遊んでいるだけなのだが、藤吉は毎日、花街に行くのを楽しみにしていた。

「あら、また、お猿さんが蛤を売りに来たわ」と、ここでも猿呼ばわりだった。でも、藤吉は怒らなかった。猿と呼ばれると、わざと猿の真似をしてお道化て見せ、女たちを喜ばせていた。

「今日は大きな蛤が入りました。うまいですよ。みんなで召し上がって下さい」

「お猿さん、あたしの蛤もおいしいのよ。召し上がる?」とツバメ姉さんが笑いながら言った。

「お姉さんも蛤を売ってるんですか」と藤吉は不思議そうに聞いた。

「そうよ」とツバメ姉さんは身をくねらせた。

「まあ、大きな蛤だこと」とヒバリ姉さんが顔を出した。「でも、スズメちゃんには負けるわね」

「お姉さん、ひどいわ。あたしのそんなにも大きくないわよ」とスズメ姉さんは口をとがらせた。

「いいえ。あたし、知ってるのよ。スズメちゃんのは大きいって評判よ」

 女たちはキャーキャー騒ぎながら蛤を手に取って、あたしの蛤より大きいだの小さいだの言っていた。藤吉には何の事かわからず、きょとんとして話を聞いていた。

「そうだわ。お猿さんに比べてもらいましょうよ」とヒバリ姉さんが言った。

「そうよ。それがいいわ」とツバメ姉さんが賛成した。

「やだわ、お姉さん、そんなの見せられないわ」スズメ姉さんは反対したが、

「相手はまだ子供よ。ほら、この子ったら、何もわからないのよ」とツバメ姉さんが言うと、スズメ姉さんは藤吉の顔を見つめ、「そうね、いいわ」とうなづいた。「絶対に、あたしの方が小さいんだから」

 スズメ姉さんは大きな蛤を手に取ると藤吉に手渡し、着物の裾をまくり上げると、藤吉の目の前で股座(またぐら)を広げて見せた。

「さあ、あたしのとその蛤どっちが大きい」

 藤吉はスズメ姉さんの行動に驚いたが、初めて見る女の股座にじっと見入った。姉さんたちが言うように、それは確かに少し口を開いた蛤に似ていた。こんな物が女の股座に隠れていたのかと藤吉は不思議に思った。姉や母の裸は見た事あっても、蛤までは見た事はない。それに、大工の善八のおかみさんの裸も毎日、見ていたが蛤には気がつかなかった。

「さあ、どっちなのよ。あたしの方が小さいでしょ」

 藤吉は手に持った蛤とスズメ姉さんの蛤を比べて見た。スズメ姉さんの方が大きいと思ったが、スズメ姉さんが睨んでいるので、「小さいです」と答えた。

「ほらね」とスズメ姉さんは満足そうに笑って、着物を降ろした。

 目の前にあった蛤は白昼夢だったかのように消えてしまった。もう少し見たかったと思っていると、今度は、ツバメ姉さんが着物をまくって、藤吉に蛤を見せた。

「ほら、あたしの蛤、おいしそうでしょ」とツバメ姉さんは指で自分の蛤を摘まんで見せた。ツバメ姉さんの蛤は生きがいいのか、濡れて光っていた。

「なに言ってんのよ。あたしの方が新鮮なのよ」と次々に女たちは着物をまくって見せた。

 藤吉は目が眩むかと思うほど、頭に血が上って呆然となった。目を丸くして、ぼうっとしている藤吉を眺め、女たちはキャーキャー笑いながら、家の中に引っ込んで行った。

 姉さんたちの蛤を頭にちらつかせながら、藤吉は蛤を売るのも忘れて、新助の家に帰った。

「売れ残ったのかい。しょうがないねえ」とおかみさんは残った蛤を焼いてくれたが、どうしても食べる事ができなかった。


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2008年12月18日

真田一徳斎幸隆の台詞

戦国草津温泉記 湯本善太夫 8.真田一徳斎」より真田一徳斎幸隆の台詞


永禄三年(1560年)の春、真田幸隆が鎌原宮内少輔と共に湯本善太夫を訪ねて草津に来ます。幸隆は武田晴信の被官になって先鋒を務め、信濃の国を平定するために活躍していました。去年、お屋形の晴信が法体になって信玄と号したのにならって、幸隆も頭を丸めて一徳斎と号していました。
善太夫は一徳斎を連れて愛洲移香斎の墓がある天狗山と呼ばれる山に登ります。


「いい眺めじゃのう」と真田一徳斎は言った。

 眼下に湯煙の昇る草津の村が見渡せた。

「ここだけは戦に巻き込みたくはないのう」

 墓前に花を供えて香を焚き、移香斎の冥福を祈った後、鎌原宮内少輔は遠くの山々を眺めながら、「善太夫、実は相談したい事があってのう」と言った。

 善太夫には宮内少輔が何を言いたいのか、薄々感づいていた。特別な日でもないのに、一徳斎を連れて、わざわざ墓参りだけに来るはずはなかった。

「善太夫殿」と今度は一徳斎が言った。「武田信玄殿は信州佐久平を平定して、いよいよ、上州に進攻しようとしておられる。先鋒として、このわしが命じられたんじゃ。この吾妻(あがつま)郡一帯には、わしらと先祖を同じくする同族が多い。できれば戦はしたくはないんじゃ‥‥‥信玄殿は北条氏と手を結び、共に上州を攻め取るつもりでいる。すでに、北条氏は廐橋(うまやばし)城を落とし、利根川以東を支配下に置いた。箕輪の長野信濃守殿は越後の長尾氏を後ろ盾として、上州を平定するつもりでいるが、北条と武田の両軍を相手に戦って勝てるはずはない。善太夫殿、よく考えて下され。すでに管領殿はいない。いつまでも、長野信濃守殿に付いて行く事もあるまい。今まで、信濃守殿の旗下にいて何の得があった? 多くの家臣を亡くしただけで、その見返りはあったかな。湯本家が、これからどう生きて行くべきか、もう一度、考え直した方がいいと思うがのう」

「わしはのう」と宮内少輔が言った。「一徳斎殿に付いて行く事に決めたわ。信玄殿はすでに、佐久平まで来ておられる。もし、信玄殿がわしらの領地に攻めて来たとして、箕輪の信濃守殿は助けてくれるかのう。わしには助けに来るとは思えんのじゃ。わしらは信濃守殿のもとで戦をやり、多くの家臣を失った。奴らは何のために戦をして、何のために死んで行ったんじゃ。我が子まで見捨てて越後に逃げて行った管領殿のためにじゃ。今はその管領殿もいない。管領殿のもとで、わしらは箕輪衆として信濃守殿の旗下に入った。管領殿がいない今、わしらが信濃守殿の旗下にいる理由はないはずじゃ。どうじゃ、善太夫殿、一度、わしと一緒に武田信玄殿に会ってみんか」

「信玄殿に会うのですか」と善太夫は聞いた。思ってもいない事だった。

 宮内少輔はうなづいた。

「わしが案内する」と一徳斎は言った。「どうじゃ」

「少し、考えさせて下さい」と善太夫は答えた。


それからしばらくして、善太夫は決心を固めて、武田家の被官となり、草津温泉を守り通します。


英傑の日本史(風林火山編)  機略縦横!真田戦記  武田二十四将  武田信玄  甦る武田軍団  
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2008年12月11日

織田上総介信長の台詞

藤吉郎伝―若き日の藤吉郎伝 20.夢に向かって」より織田上総介信長の台詞


生駒家の娘、吉乃(きつの)に惚れていた藤吉郎(後の豊臣秀吉)でしたが、自分に自信のない藤吉郎はその事を告白できず、織田上総介信長に奪われてしまいます。悔しくて、泣きながら弓矢を放った後、藤吉郎は信長がいる吉乃の屋敷に戻ります。


 朝日が東の空を染め始めた頃、上総介が吉乃の新居から出て来た。草履の向きが反対になっているのに気づき、庭を見て、しゃがみ込んでいる人影に気づいた。

「猿か」と上総介は呼んだ。

「はい」と藤吉郎はしゃがんだまま上総介の顔を仰ぎ見た。

「吉乃はわしが貰った」と上総介は言った。

 聞きたくなかった言葉だったが藤吉郎は受け入れた。

「お前が吉乃に夢中だった事は知ってる。だが、わしも夢中になった。欲しい物は必ず手に入れるのが、わしのやり方じゃ。そうでなくては今の世は生きては行けんのじゃ」

「はい」

「お前の事は八右衛門からも、小太郎からも、三左衛門からも、吉乃からも色々と聞いた。お前は不思議な奴じゃ。お前の話をする時、みんな、楽しそうに話す。何となく気になる奴というのがいる。どこがどう気になるのかわからんが、何となく気になって、みんなの話題にのぼる。お前がそうじゃ‥‥‥吉乃はわしの側室にするつもりじゃ。吉乃もうなづいてくれた。どうじゃ、猿、わしの家来にならんか」

 藤吉郎は上総介を見上げ、どう答えたらいいか迷った。自分を高く売り付けるため、すぐに返事をしない方がいいかもしれないと思った。しかし、上総介の顔を見ているうちに考えは変わった。この男と付き合って行くには、ごまかしは効かない。本音で勝負するしかないと思った。

 藤吉郎は力強くうなづいた。


こうして、信長の家来になった藤吉郎は出世街道をまっしぐらに進み、天下統一を果たします。


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2008年12月02日

飯縄山の山伏、東光坊の台詞

戦国草津温泉記・湯本三郎右衛門 3.真田郷」より飯縄山の山伏、東光坊の台詞


草津温泉の領主、湯本善太夫の養子になって、跡継ぎになるために修行を積んでいた三郎は惚れていた北条家の娘に振られ、何もかもやる気をなくしてしまいます。
武術師範の山伏、東光坊はそんな三郎を真田郷に連れて行き、三郎の実の父親、湯本三郎右衛門の供養塔を見せます。


 三郎は顔を上げた。目の前に石碑が立っていた。こんな所に立ち止まって、何をしているのだろうと東光坊を見ると、片手拝みをしながら目を閉じていた。

 三郎はもう一度、石碑を見た。

 湯本三郎右衛門殿と大きく書いてあった。その上に追善供養と書いてある。三郎右衛門の下には小さく何人もの名前が並んでいた。そして、石碑の回りには、いくつもの花が供えられてあった。

「師匠、これは何なのです」と三郎は東光坊に聞いた。

「お前の親父の供養塔じゃ」と東光坊は答えた。

「えっ、どうして、こんな所に父上の供養塔があるんです」

「お前、親父が何で戦死したのか知っているか」東光坊は厳しい顔付きで三郎を見つめた。

「箕輪攻めの時、殿軍(しんがり)を務めて立派に戦死したと‥‥‥」

「そうじゃ。この供養塔はお前の親父が殿軍を務めたお陰で助かった者たちによって立てられたんじゃ。あの時、真田軍は二手に分かれて箕輪に向かった。源太左衛門殿率いる一隊は大戸を通って鷹留城へと向かい、兵部丞殿率いる一隊は榛名山を越えて箕輪城へと向かったんじゃ。兵部丞殿率いる一隊の中に、お前の親父が率いた湯本勢がいた。その時、お屋形様は前の戦で怪我をしていてな、お前の親父を大将として出陣させたんじゃ。兵部丞殿率いる一隊は榛名湖の先にある摺臼(すりうす)峠の砦を攻め落とした。その砦から真っすぐ下りれば箕輪城の裏に出るんじゃ。表から攻める武田軍と呼応して箕輪城を攻めるはずじゃった。ところが、そこに越後から来た上杉軍がやって来た。兵部丞殿は戦闘命令を下した。敵の方も不意打ちを食らって慌てたが、兵力は味方の倍以上あった。このままでは全滅してしまう危機に見舞われたんじゃ。兵部丞殿は退却する事に決めた。しかし、そのまま山を下りれば箕輪城に出てしまい、挟み撃ちに会ってしまう。挟み撃ちに会わないためには、誰かが殿軍として残り、敵をくい止めなくてはならん。その時、殿軍を志願したのが、お前の親父だったんじゃよ。お前の親父に率いられた湯本勢は立派に殿軍を務めて全滅し、他の者たちの命を助けた。助けられた者たちの中に兵部丞殿が率いていた真田勢が二百人いたんじゃ。その者たちによって、この供養塔は立てられ、あれから三年余りが経つというのに、未だに、これだけの花が供えられているんじゃ」

 三郎は改めて供養塔を見た。三郎右衛門の名前の下に並んでいる名前を読んでみた。知らない人が多かったが、時々、父親を訪ねて三郎の家に遊びに来ていた人の名前もあった。

「お前に親父の真似ができるか。助かる見込みなどまったくないのに、殿軍を志願する事ができるか。もし、あの時、お屋形様が怪我をしていなくて出陣したとしても、同じ結果になったじゃろう。それ程の覚悟がなくては、お屋形様は勤まらんのじゃ。わしが言いたいのはそれだけじゃ」

 三郎は供養塔に書かれた湯本三郎右衛門という字をじっと見つめていた。お屋形様を継ぐ以前に、今の自分は三郎右衛門の名を継ぐにも値しないと思った。女に振られて、いつまでもくよくよしている自分が情けなかった。自分の事しか考えていない自分が情けなかった。


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2008年11月24日

愛洲移香斎の娘、桔梗の台詞

摩利支天の風〜若き日の北条幻庵 11.桔梗1」より愛洲移香斎の娘、桔梗の台詞


愛洲移香斎の娘、桔梗は一年間の風摩砦での武術修行が終わった後、師範代を務めた菊寿丸(後の北条幻庵)の部屋に来て、ぐいぐいと酒を飲み始めます。

「おい、ちょっと速すぎるぞ。もっと、ゆっくりと飲め」と菊寿丸は言いますが、「いいのよ。あたしはお酒、強いんだから」と桔梗は自分で注いでは一気に飲んでいます。

「そんなに飲んだら酔っ払っちまうぞ」と菊寿丸は桔梗からとっくりを取りあげます。

「あたしね、あなたに言いたい事がいっぱいあるの」と桔梗は酒盃(さかずき)を差し出します。

「言いたい事があるなら言えよ。酔っ払わなくちゃ言えないのか」

「そんな事ないわ。あたしが言いたいのはね。若い娘に色目なんか使うなって言いたいのよ」

「そんな事はしていない」

「嘘ばっかし。いずみちゃんに色目使ったでしょ。おこまちゃんにも色目使ったでしょ。おふでちゃんにも、おまさちゃんにも、おみのちゃんにも、おきみちゃんにも、おあいちゃんにも使ったわ。みんな、あんたに惚れちゃったのよ。あたしはもう、カッカ来ちゃって、あんたなんか消えちゃえばいいって思ったんだから」

「色目なんか使っちゃいないよ」

「嘘ばっかし。ねえ、早く注いでよ」

「酒癖、よくないぞ」

「何言ってんのよ。自分が何様だと思ってるのよ。あたしはねえ、悔しいのよ、あたしはいずみちゃんにも勝ったのよ。あの中で一番強かったのよ」

「知ってるよ」

「なのに悔しいのよ。あたしだけよ。あたしだけなのよ」

「何が、あたしだけなんだ」

「あたしだけ、あたしだけが男を知らないのよ。みんな、自慢気に男の話をするのよ。おゆらちゃんなんて遊女だったから色々な男を知ってたわ。他の娘だってそうよ。あの砦に入った時はまだ、あたしと同じ生娘もいたけど、出て行く時、生娘のままだったのはあたしだけなのよ。いずみちゃんだって生娘だったのに、源太郎の馬鹿に抱かれちゃうし、おたえちゃんだって小五郎の馬鹿といい仲になっちゃうし、おきみちゃんだって孫四郎の馬鹿と寝ちゃうし、あたしだって、いっぱい男が言い寄って来たのよ、けど駄目なの。どうしても駄目なのよ」

 桔梗は酒盃を差し出し、菊寿丸が注いでやると一息に飲み干して、「どうしても駄目なの。菊寿丸様じゃなきゃ駄目なのよ」と言います。

 菊寿丸は桔梗を抱き締めます。


中世女人曼荼羅  廣戸川 桔梗の舞  
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2008年11月17日

風摩砦の女師範、茜の台詞

摩利支天の風〜若き日の北条幻庵 11.桔梗1」より風摩砦の女師範、茜の台詞


愛洲移香斎に命じられて風摩砦の武術師範代になった菊寿丸(後の北条幻庵)は一年間の修行を終えた若い修行者たちを送り出します。その時、女師範の茜が、「時には若い師範も必要かもしれないわね」と菊寿丸に言いいます。

「はい。いい修行になりました」と菊寿丸は一年間を振り返りながら答えます。

「あたしたちにもいい刺激になったわ」と茜は菊寿丸を見ながら言います。「あなたは忘れていた昔の事を思い出させてくれたのよ。あたしもここに来たての頃は情熱があった。あたしだけじゃないわ。みんな、そうよ。素晴らしい修行者を送り出してやろうと真剣だったの。毎年毎年、同じ事を繰り返しているうちに、そんな事、すっかり忘れちゃったのね。慣れっていうのは恐ろしいという事も思い出したわ。現役の頃、いやという程、教え込まれたのにね。何でも慣れてしまうと必ず、油断が生じる。それで命を落として行った者は多いわ。ここにいれば命を落とす事はないけど、師範というのは修行者たちの命を預かっているのと同じ事なのよね。ありがとう。あなたがいる限り風摩党も安心だわ。それと今度からね。組頭になる者はここで一年以上、師範をやる事に決まったのよ。あなたを見ていて、あたしが思いついたの。お頭に言ったら、それはいい考えだって賛成してくれて、すぐに決まったわ」

「そうでしたか」

「また顔を出してね。あなたとの約束破っちゃったけど御免なさい」

「えっ?」

「あんまり石頭ばかりだから、あなたが菊寿丸様だって言っちゃったのよ。あなたが修行者たちの入るべき組の事で師範たちと言い争っている時にね」

「それで、俺の意見がすんなりと通ったのですか」

「結果を言えばそうだけと、みんな、喜んでくれたわ。あれだけ修行者の事を思ってくれれば、きっと風摩党のみんなを見守ってくれるに違いないって‥‥頑張ってね。重すぎるかもしれないけど、あなたなら絶対にできるわ」

「はい。やるつもりです」と菊寿丸が力強く答えると茜は嬉しそうにうなづきました。


風来忍法帖  風魔(上)  風魔(下)  戦国忍者武芸帳  風魔小太郎(上)  
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2008年11月11日

浮世絵師、歌川貞利の台詞

国定忠次外伝・嗚呼美女六斬 第1部 美人例幣使道 9.嗚呼美女六斬」より歌川貞利の台詞


国定忠次の子分、保泉(ほずみ)の久次郎がお政を連れて浮世絵師、歌川貞利の家に遊びに行った時、貞利は艶本を描くために、裸のお万を逆さ吊りにして、真剣な顔をして絵を描いていました。
お万も貞利のために、そこまでやるとは大したもんだと思わずにはいられませんでした。
お政は、貞利とお万ができているに違いないと疑いますが、お万に聞いてみると、「先生の前で何度も裸になってんのにさ、先生は一度も、あたしを抱いてくれないんだよ」と色っぽい仕草でぼやきます。
絵師として女の裸なんか見飽きているのだろうかと久次郎は不思議に思います。お万程の魅力があれば、男なら誰だって抱きたくなるのが普通です。貞利に聞いてみると、絵に熱中している時はその気にはならないと言います。

「博奕打ちが博奕に熱中してる時、女の事なんか考えねえんと同じだ。お万はいい女だ。勿論、抱きてえたア思うが、今、お万とそういう関係になっちまうと冷静な目で絵が描けなくなっちまう。今回の仕事が終わるまではお預けだ」と貞利は厳しい顔付きで笑いました。


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2008年11月01日

風摩党の山伏、風雷坊の台詞

摩利支天の風〜若き日の北条幻庵 3.箱根権現」より風雷坊の台詞


箱根権現に入れられた菊寿丸(幻庵)は海実僧正から、お前の父親(早雲)は極悪人の人殺しだと言われます。そんな事は信じられず、真相を確かめるために、父親のいる韮山城へと向かいますが、山の中で道に迷って風摩党の山伏、風雷坊に助けられ、その事を質問します。

「お前は父親の事をあまり知らんじゃろう。お前の父親が今まで何をして来たかをまず知るべきじゃ」と風雷坊は言って、菊寿丸に父親、早雲の事を教えます。

「わしも詳しい事は知らんが知っている事だけを話そう。早雲殿と風摩小太郎殿は幼なじみじゃった。若い頃、一緒に国を飛び出したそうじゃ。二人は京都まで来て、そこで別れた。小太郎殿は旅を続け、山伏となった。早雲殿は京都の親戚のもとに身を寄せ、やがて、将軍様に仕える事となったらしい」

「父上が将軍様に?」

 菊寿丸も京の都に将軍様という偉いお人がいるという事は知っていましたが、父親がその将軍様に仕えていたなんて信じられませんでした。

「そうじゃ。仕えておられたんじゃ。その頃、京の都は応仁の乱と呼ばれる戦(いくさ)が続いて、都はほとんど焼けてしまったという。京都で始まった戦は地方に飛火し、あちこちで戦が始まった。そして、今も続いている。応仁の乱を経験した早雲殿は武士という者が嫌になり、頭を丸めて旅に出た。各地を旅した末に関東の地に来て、甥の今川治部大輔(じぶだゆう、氏親)殿を助けて興国寺城主となった。お前はそこで生まれた。興国寺城主となった早雲殿は領民のための国作りを始めた。早雲殿は武士たちが戦を続けているため、庶民が苦しんでいる事を充分に知っていた。早雲殿は自分の領内に住む者たちだけは苦しめたくはないと思い、年貢を減らしたり、直接、領民たちから苦情を聞いて、新しい国作りを始めた。早雲殿の新しいやり方は甥の今川治部大輔殿にも受け継がれ、今川領内の領民たちも喜んだ。その頃、伊豆の国には堀越公方(ほりごえくぼう)様という京の将軍様の弟にあたるお人がおられた。公方様は関東の地をまとめるために下向して来られたが、関東の武士をまとめるどころか、伊豆の国内をまとめる事もできなかった。公方様は領民の事など考えず、戦をするために領民から絞れるだけの年貢をしぼり取った。また、そんな公方様に反発する者も現れ、伊豆の国は乱れに乱れて行った。公方様が亡くなると、その子供たちは家督争いを始めて、さらに国は乱れた。伊豆の百姓の中には早雲殿の噂を聞いて、早雲殿の領内に逃げて来る者も多かった。早雲殿は何とかしなければと思い、小太郎殿に伊豆国内の情報を集めさせ、充分な準備をした上で、伊豆に攻め入り、公方様を倒して伊豆の国を平定したんじゃ。年貢を減らしたために領民たちは勿論喜んだ。しかし、武士たちの中には早雲殿に反発する者も多かった。早雲殿はじっくりと時間をかけて、武士たちをまとめて行き、伊豆に新しい国を作ったんじゃ。伊豆の領主となった早雲殿は自然、関東の戦に巻き込まれて行く事となった。関東に出陣するたびに、早雲殿の目に移るのは苦しんでいる民衆たちじゃ。早雲殿は小太郎殿と協力しながら、相模の国の領民たちも助けようとして相模に進出し、小田原城を乗っ取ったんじゃよ。早雲殿と小太郎殿は関東に新しい国を作ろうとしているんじゃ」

「父上が新しい国を‥‥」菊寿丸は目を輝かせて、風雷坊を見ていました。父親がそんな凄い事をしていたなんて思ってもいませんでした。

本当の事を知った菊寿丸は箱根権現に戻って、子供ながらも父親の意志を継いで活躍します。


戦国北条一族  北条早雲とその一族  後北条氏家臣団人名辞典  


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2008年10月27日

喜多川月麿の台詞

草津温泉膝栗毛・冗談しっこなし 1.通油町」より


戯作者の十返舎一九の家に、浮世絵師の喜多川月麿が飛び込んで来て、昔に惚れた深川(辰巳)の芸者、夢吉が上州の草津の湯にいるので、草津に行こうと一九を誘います。
当時、一九は「東海道中膝栗毛」が売れて、有名な作家になっていました。月麿は美人画で有名な歌麿の弟子で、挿絵などを描いていましたが、まだ有名とはいえませんでした。


「どうせ、また、振られるに決まってらア」と一九は乗り気ではありませんが、

「振られたっていいんだ。今度、振られたら、俺もきっぱりと夢吉の事は諦める」と月麿は言います。「ただ、もう一度、夢吉を描きてえんだ。今の俺は自分の絵がわからなくなっちまったんだ。師匠(歌麿)が亡くなって、二代目(にでえめ)を初めとして誰もが師匠の真似をしてやがる。版元も師匠の真似をして描きゃア売り出してくれる。俺も師匠の真似をして絵を描いた。でもよお、違うんだ。師匠はいつも言ってたんだ。俺の真似なんかするんじゃねえ。てめえの女を描けってな。歌麿じゃなくて月麿の女を描けって言ってたんだ。でも、俺にはわからなくなっちまった。もう一度、夢吉に会って、夢吉を描いたら、自分の絵ってえのがわかるかもしれねえ」

「そうか‥‥‥歌麿師匠がそんな事を言ったのか。確かに、今時の美人絵はどれもこれも師匠の物真似だ。歌麿師匠を越えるのは難しいが、弟子として、おめえがやらなきゃならねえぜ」

「師匠を越えるなんて、そんな大それた事まで考えちゃアいねえ。ただ、自分の絵を描きてえんだ」

「よし、おめえがそれ程まで言うなら、一肌脱がなくっちゃアならねえな」と一九は言って、二人は草津の湯へと向かう事になり、珍道中が始まります。


絵図に見る東海道中膝栗毛  十返舎一九  歌麿の美人  喜多川歌麿  辰巳八景  
タグ:浮世絵師
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2008年10月21日

本願寺の老僧の台詞

陰の流れ 第三部・本願寺蓮如 1.蓮如」より本願寺の老僧の台詞


大峯山で昔の友、火乱坊と出会った風眼坊は火乱坊と一緒に加賀の国へと行きますが、暇をもてあまして、白山でも登るかとふらりと山の中に入ります。
山の中で偶然に出会ったのが本願寺門徒の老僧でした。話をしてみると本願寺の事に詳しいので、

「もしかしたら本願寺の中で偉い坊さんなのか」と風眼坊は老僧に聞きます。

「本願寺の坊主に偉いとか、偉くないとか、そんな階級なんぞ、ありゃせん」と老僧は言いました。「皆、同じ、坊主じゃ。皆、阿弥陀如来様のお使いじゃ」

天台宗に属している山伏の風眼坊には理解できず、「本願寺には階級などないのか」と質問します。

「そうじゃ、阿弥陀如来様のもとでは皆、平等なんじゃ。坊主だからと言って門徒たちよりも偉いというわけでもない。皆、同朋(どうぼう)なんじゃ」

「皆、同朋? 公家や武士や百姓も皆、同朋なのか」

「そうじゃ」と老僧は頷いた。「阿弥陀如来様のもとでは皆、同朋じゃ。浄土真宗の開祖親鸞聖人様は阿弥陀如来様の教えを広めなされた。しかし、お弟子もお作りにならず、お寺もお作りにならなかった。ところが、親鸞聖人様が亡くなられた後、聖人様の教えを受けた者たちは、自ら聖人様のお弟子を名乗り、聖人様の教えを広めなされた。教えを広めるには教団を組織しなければならない。教団を作るという事は聖人様の教えに背く事になるんじゃ。しかし、仕方がなかった。親鸞聖人様が亡くなってから、すでに二百年も経ち、聖人様の教えは幾つかの派に分かれ、少しづつ間違った方向に進み始めた。ひどいのになると、坊主が阿弥陀如来様と同じ位に立ち、門徒たちの極楽往生を決める事ができるという、自惚れた宗派まで出て来る始末じゃ。坊主は門徒たちのお志し次第で、勝手に極楽往生を決めている。門徒たちも決定(けつじょう)往生のために、坊主に多額のお志しを差し上げるという異端な宗派が流行ってしまう事となったんじゃ。蓮如上人様は、そんな異端な宗派が流行るのを嘆き、浄土真宗を親鸞聖人様の教えに戻そうと布教を始めたんじゃよ。極楽往生は決して銭次第で決まるわけじゃない。信心によって決まるものじゃとな」

「ほう、成程のう」と風眼坊は唸り、是非とも蓮如上人に会ってみたいものだと思います。


本願寺  歎異抄  親鸞の告白  蓮如信仰の研究  親鸞と本願寺一族  
タグ:本願寺
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2008年10月16日

黒岩長左衛門の台詞

天明三年浅間大焼 鎌原村大変日記 37.七月二十五日」より黒岩長左衛門の台詞


7月25日(旧暦)は鎌原村の諏訪神社の祭りの日でした。例年、この日は村芝居が行なわれ、今年も村人たちは芝居の稽古に励んでいました。ところが、7月8日(旧暦)、浅間山の大噴火で村は埋まってしまい、大勢の村人が亡くなってしまいました。
新しい村作りを始めた生き残った村人たちは、お世話になった大笹宿の人たちに感謝の気持ちを込めて、ささやかなお祭りを開催します。
その日、上州の三分限者といわれた大笹宿の黒岩長左衛門、干俣村の干川小兵衛、大戸村の加部安左衛門の3人が鎌原にやって来て、村人たちを集め、


「わしら三人で相談したんじゃが、この村の再建のために、惜しまず協力する事にした」と言います。

 村人たちの拍手と歓声が挙がります。

「そこで、みんなに頼みがあるんじゃ。新しい村を作るというのは大変な事じゃ。まして、村人のほとんどは亡くなってしまった。まだ正確な数はわからないが、生存者は百人前後じゃと思う。以前は六百人近くいたのじゃから、五百人近くは亡くなった勘定となる。これだけの者が亡くなってしまえば、以前のような村に戻す事は不可能じゃろう。家族がみんな揃ってるうちもあるまい。鎌原村は古い村で、家柄だの身分なども古くからの掟に従って来た。しかし、今、そんな古い掟に縛られたら何もできなくなってしまう。そこで、ただ今から、ここにいる者たちは皆、血のつながった一族だと思い、今後、身分差などなく、皆、平等だと思うようにお願いしたい。そして、夫をなくした者は、妻を亡くした者と、親を亡くした子供は、子供を亡くした親と一緒になって、新しい家庭を築いてほしい」


身分制度の厳しい江戸時代において『身分差のない新しい村』という提案に反対する村人も何人かいましたが、何とか一つにまとまって、新しい村作りは進んで行きます。
そして、10月24日、7組の婚礼が行なわれて新しい家族ができ、新しい鎌原村の基礎となりました。


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2008年10月11日

馬方の頭、半兵衛の台詞

鎌原観音堂


天明三年浅間大焼 鎌原村大変日記 33.七月十六日」より馬方の頭、半兵衛の台詞


天明3年(1783年)7月8日、浅間山の大噴火で鎌原村は埋まってしまい、助かった人々は大笹宿で避難生活を送ります。
噴火から8日後の16日、村の様子を見に行った問屋の若旦那だった市太たちは、そのありさまを見て呆然とします。


「何だかんだ言ったってしょうがねえ。もう、村はなくなっちまったんだ」市太が言うと、

「村はこの下にちゃんとある」と馬方の頭だった半兵衛は強い口調で言います。

「そんな事アわかってる。だが、もうダメだ。こんなとこに戻っちゃア来られねえ」

「若旦那、わしはな、ここで生まれたわけじゃアねえ。はっきり言やア来たり者(もん)じゃ。だが、わしはこの村に骨を埋めるつもりで、今まで生きて来た。わしに取って、この村は故郷(ふるさと)なんじゃ。ここより他に行くとこなんて、どこにもねえんじゃ」

「そんな事、半兵衛に言われなくたってわかってらア。俺アこの村で生まれて、この村で育ったんだ」

「いいや、わかってねえ。故郷ってえもんが、どんなもんだか、若旦那にゃアわかってねえ。わしは故郷を捨てた。追い出されたんじゃ。無宿者(むしゅくもん)にされて、あちこちさまよった。江戸に出た事もある。だが、何をやってもうまくは行かねえ。結局は旅から旅への流れ者じゃ。六里ケ原で行き倒れになって、馬方に助けられて、この村に来た。今まで、人並みに扱ってもらった事なんかなかったんに、大旦那(市太の祖父)は、わしを人並みに扱ってくれた。大旦那のお陰で、わしはこの村で人並みな暮らしができたんじゃ。嚊(かかあ)も貰って子供もできた。亡くなった嚊や子供のためにも、わしはここに戻って来なくちゃならんのじゃ。大旦那に恩返しするためにも、もう一度、ここに鎌原村を作らなけりゃアならんのじゃ」

 市太は焼け石に埋まった村を眺めながら、ここに村を作るなんて不可能だと思っていました。


次の日から、半兵衛は大笹から鎌原まで通って1人で村作りを始めます。やがて、市太たちが加わり、生き残った村人たちも加わって新しい村作りが始まります。


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2008年10月01日

風眼坊舜香の台詞

陰の流れ 第一部・天狗勝 9.山伏流剣法」より風眼坊舜香の台詞


愛洲水軍の大将の倅、愛洲太郎(後の移香斎)は応仁の乱をこの目で見ようと京都へと旅立ち、その悲惨な有様を見て、故郷に帰ってからしばらく放心状態でいましたが、今の世は強くならなければ何もできないと剣術の修行を始めます。
山の中で風眼坊(後の風摩小太郎)という熊野の山伏と出会い、その強さに驚いて、剣術を教えてくれと頼みます。毎日、厳しい修行に明け暮れていたある日、風眼坊は気分転換だと言って、2人は酒を酌み交わします。その時、京都の戦の話になって、

「京ではまだ、戦をやってるんですか」と太郎は師の風眼坊に聞きます。

「まだ、やってるな」と風眼坊はうなづいて、「この戦が終われば何かが変わるだろう。お前、京に行ったとか言ったな。あの京を見て、どう思った」と太郎に聞きます。

「ひどすぎます。人間が虫ケラのように殺されていました‥‥‥特に、足軽たちのやり方は汚くて、ひどすぎます」

「足軽か‥‥‥確かに、奴らのやり方は汚い。だが、奴らだって初めから、あんな足軽だったわけじゃない。奴らのほとんどは食えなくなって地方から出て来た百姓や、一揆や戦で焼け出されて住む所も失った連中たちだ。それに、奴らはただ、武士にあやつられているだけだ。奴らが百人死のうが千人死のうが、武士たちにとって痛くも痒くもないからな。奴らを当然のように前線に送り込んでいる。今、京で戦をやってるのは足軽だけじゃろう。東軍に雇われた足軽と西軍に雇われた足軽が前線で戦っている。武士どもは後ろの方で高みの見物じゃ。こんな事やってても足軽の死体が増えるだけで、戦の決着など着くはずがない。しかしな、足軽の奴らだって生きるために必死になってるんじゃ。死にたくないと思うのは誰だって一緒だ。百姓だろうと足軽だろうと武士だろうと、たとえ、虫ケラだってな‥‥‥いいか、物事というのは一つの視点だけで見てはいかんぞ。あらゆる視点から見なくてはいかん。今の世の中を見るのも武士の目から見た今の世と、百姓から見た今の世と、足軽どもから見た今の世は全然、違う。しかし、どれが正しくて、どれが正しくないという事もない。みんなが正しい。わかるか。物の本質というのをはっきりと見極めなくてはならん。難しい事じゃがな‥‥‥お前は水軍の大将になるんだろう。大将は特に、それが必要じゃ」

風眼坊の言ったその言葉は後々までも太郎の脳裏に残る事になります。


戦国期の室町幕府  〈絵解き〉雑兵足軽たちの戦い  足利義政  中世民衆の生活文化(下)  熊野、修験の道を往く  
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2008年09月25日

大前田栄五郎の台詞

侠客国定忠次一代記 11.叔父御は大した貫禄だア」より大前田栄五郎の台詞


天保4年(1833年)7月、大前田栄五郎(英五郎)親分が百々一家の親分、国定忠次(忠治)を訪ねて来ます。6年振りの再会でした。
その日は丁度、境宿に絹市が立つ日で、忠次は栄五郎を伊勢屋で開かれている賭場に案内します。大親分の栄五郎がどんな勝負をするのか、忠次は期待を込めて見守っていましたが、栄五郎は気持ちのいいくらいの負けっ振りでした。

「いいか、忠次、堅気の衆と勝負する時は、決して勝っちゃアいけねえよ」と賭場を出た後、栄五郎は忠次に言いいます。

「俺たちゃア、堅気の衆におマンマを食わせて貰ってる身だ。おめえも旅先で賭場に出入りする事もあるだんべえが、親分と呼ばれる者が旅先の賭場で稼ごうなんて料簡(りょうけん)を起こしちゃアいけねえ。旅先の賭場では気前よく負けてこそ、親分の貫録ってえもんだ。覚えておけ」

「へい‥‥‥」と忠次は栄五郎を見つめながら頷きました。


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2008年09月20日

和尚の台詞

無住心剣流 針ヶ谷夕雲 13」より和尚の台詞


赤城山に籠もって修行を積んでいた針ヶ谷夕雲は剣の極意は「相打ち」だと悟り、その事を和尚に話します。和尚は頷きますが、「おぬしに面白い話をしてやろう」と言って、夕雲に話を聞かせます。

「何年か前、わしが京都のお寺にいた頃の事じゃ。わしがいたお寺に大ネズミが住み着いたんじゃ。その大ネズミは昼間っから人前に出て来て暴れ回った。仏像は倒す、お経は食い散らかす、お供え物はみんな食ってしまう。坊主たちが座禅していれば調子に乗って頭の上に乗って来る始末じゃ。坊主が総出で捕まえようとしても、とても手に負えん。仕方なく、近所から猫を何匹か借りて来て離してみたんじゃが、どの猫も、その大ネズミには歯が立たんのじゃ。困り果てていると檀家(だんか)の一人が、どんなネズミでも必ず捕るという猫を持って来た。その猫を見ると、どう見ても、ネズミを捕るような勇ましい猫には見えんのじゃ。老いぼれて、ぼんやりとした気の抜けたような頼りない猫じゃった。しかし、せっかく持って来てくれたのじゃから、とにかく、やらせてみろという事になった。ところが、その猫を離すと今まで暴れていた大ネズミがすくんでしまって、まったく動けんのじゃよ。老いぼれ猫はのそのそと動くと簡単に大ネズミをくわえてしまったんじゃ。それは、あまりにもあっけなかったわ。そして、その夜の事じゃ。坊主たちが寝静まった頃、猫どもがその老いぼれ猫を中心に話し合いを行なったんじゃ。まず、初めに口を切ったのは若くて鋭い黒猫じゃった。

『わたしは代々、ネズミを捕る家に生まれ、幼少の頃から、その道を修行し、早業、軽業、すべてを身に付け、桁(けた)や梁(はり)を素早く走るネズミでも捕り損じた事がなかったのに、あのネズミだけはどうしても‥‥‥』と悔しがった。

 老いぼれ猫はそれを聞いて、黒猫に対して、こう答えたんじゃ。

『お前が修行したというのは手先の技だけである。だから、隙に乗じて技を掛けてやろうとして、いつも狙っている心がある。古人が技を教えるのは形(かた)だけを教えているのではない。その形の中には深い真理が含まれているんじゃ。その真理を知ろうとせず、形式上の技だけを真似るようになると、ただの技比べという事になり、道や理に基づかんから、やがて、それは偽りの技巧となり、かえって害を生ずる事となる。その点を反省して、よく工夫するがいい』とな。

 次には、いかにもたくましくて強そうな虎毛の大猫が出て来て言った。

『わしが思うには武術というものは要するに気力です。わしはその気力を練る事を心掛けて参りました。今では気が闊達至剛(かったつしごう)になり、天地に充満するほどです。その気合で相手を圧倒し、まず勝ってから進み、相手の出方次第で自由に応戦し、無心の間に技がおのずから湧き出るような境地になりました。ところが、あのネズミだけは、わしにもどうする事もできませんでした』

 老いぼれ猫はそれに対して、こう答えた。

『お前が修練したのは、気の勢いによっての働きで、自分に頼む所がある。だから、相手の気合が弱い時はいいが、こちらよりも気勢の強い相手では手に負えんのじゃ。あのネズミのように生死を度外視して、捨て身になって掛かって来る者には、お前の気勢だけでは、とても歯が立たん』

 次には、少し年を取った灰色の猫が出て来て言った。

『まったく、その通りだと思います。わしもその事に気づいて、兼ねてから心を練る事に骨折って参りました。いたずらに気色ばらず、物と争わず、常に心の和を保ち、いわば、暖簾(のれん)で小石を受ける戦法です。これには、どんなに強いネズミも参ったものですが、あのネズミだけは、どうしても、こちらの和に応じません。あんな物凄い奴は見た事もありません』

 老いぼれ猫は答えた。

『お前の言う和は自然の和ではない。思慮分別(しりょふんべつ)から和そうと努めている。分別心から和そうとすれば、相手は敏感にそれを察知してしまう。わずかでも思慮分別にわたって作為する時は、自然の感をふさぐから、無心の妙用など到底、発揮できるものではない。そこで思慮分別を断って、思う事なく、為す事もなく、感にしたがって動くという工夫が必要じゃ。けれども、お前たちの修行した事が無駄かというと決してそうではない。技といえども自然の真理の現れであるし、気は心の用をなすものじゃ。要は、それらが作為から出るか、無心から自然に出るかで、天地の隔たりができるのじゃ。しかし、わしのいう所を道の極致だと思ってはならん。わしがまだ若かった頃、隣村に一匹の猫がいて、朝から晩まで何もしないで居眠りばかりしておった。さっぱり気勢も上がらず、まるで木で造った猫のようじゃった。誰も、その猫がネズミを捕ったのを見た事もない。けれども、不思議な事には、その猫のいる近辺には一匹のネズミもいなくなるんじゃ。ネズミが密集している所へ連れて行っても同じで、たちまち、ネズミは一匹もいなくなってしまう。わしはその猫にその訳を聞いてみたが、ただ笑うだけで答えてくれなかった。いや、答えなかったのではなく、答えられなかったのじゃ。その猫こそ、本当におのれを忘れ、物を忘れ、物なきに帰した、神武にして殺さずの境地じゃ。わしなどのとても及ぶ所ではない。皆さんも頑張るように』と老いぼれ猫はのそのそと帰って行ったそうじゃ」

 夕雲はじっと考えています。

「どうじゃな。今のおぬしは老いぼれ猫じゃな。どうする。まだ、上があるぞ」

 和尚はうまそうに酒を飲むと、静かな目で夕雲を見つめました。


剣と禅新版  剣の思想  古武術からの発想  転覆記  
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2008年09月16日

夢庵肖柏の台詞

陰の流れ 第四部・早雲登場 17.五条安次郎」より夢庵肖柏の台詞


今川家の武士を辞めて連歌師になろうと決心した五条安五郎(後の宗長)は甲賀の飛鳥井屋敷にいる種玉庵宗祇を訪ねます。そこで出会ったのが、宗祇の弟子になろうとしていた夢庵(牡丹花)肖柏です。夢庵の茶室に掛かっている一休禅師の墨蹟を眺めながら、安次郎は一休の事を夢庵に尋ねます。


「一休禅師殿ですか‥‥‥一体、どんなお人なのです」と安次郎が聞くと、

「どんなと言われてものう。言葉で言い表せるようなお人ではないのう。しいて言えば、鏡のようなお人かのう」と夢庵は答えます。

 鏡のような人と言われても、安次郎には何だか、さっぱり分かりません。

「どういう意味です」と安次郎は聞いた。

「言葉で説明するのは難しいのう。鏡というのは顔とかを映すじゃろう。一休殿は、その人の心を映すとでも言おうかのう」

 夢庵はしばらく間をおいてから話を続けた。

「一休殿のもとで修行をすれば分かるが、一休殿の側におると、不思議と自分というものが見えて来るんじゃよ。本物の自分の姿と言うものがな。わしらが普段、自分だと信じておるものは、実は偽(いつわ)りの姿で、本物の自分というものは奥の方に隠れておるんじゃ。その奥の方に隠れておる本物の自分というものが、見えて来るような気がするんじゃ。人間は生まれながらにして色々な物を背負って生きておる。身分だとか、地位だとか、財産だとか、その他、色々な物を知らず知らずのうちに身に付け、それら、すべてを引っくるめて自分だと思い込んでおる。しかし、それは仮の姿、偽りの姿に過ぎんのじゃ。身に付けておる、あらゆる物を捨てて、捨てて、捨てまくって、何もなくなった時、初めて本当の自分の姿が現れて来るんじゃ。それが、本来無一物の境地と言って、何物にも囚われない境地じゃ。茶の湯のおいて、その境地に至らないと名人とは言えないと珠光殿は言っておられた。連歌においても、その境地まで至らないと名人とは言えないと宗祇殿も言っておられた。連歌の場合、歌を作ろうと思っておるうちは、まだ、駄目じゃと言う。前の句を聞いたら、何も思わず、フッと次の句が浮かんで来るようにならなくては駄目じゃと言うんじゃ。禅問答と同じじゃな。質問されたら、すぐに答えなくてはならん。考えたり、迷ったりしておっては駄目なんじゃ。事実、宗祇殿の連歌は禅問答のようじゃった。前の人が句を詠むと、初めから、そういう歌があったかのごとく、間をおかずに、次の句を詠み上げるんじゃ‥‥‥わしは禅僧ではないが、禅というのは、あらゆる芸の道につながっておるように思えるんじゃ。茶の湯においての珠光殿の流れるような手捌き、あれはまさしく動く禅じゃ。ああしよう、こうしようと思ってできるものではない。自然と同じじゃ。風が吹けば樹木や草花はそよぐ。そこに一点の迷いはない。それは武術にも言えるんじゃ。わしは以前、智羅天の岩屋で、太郎坊殿と太郎坊殿の弟子の試合を見たんじゃ。あれもまさしく、動く禅じゃった」

「禅ですか‥‥‥」

「おぬし、山に籠もって書物を読むのもいいが、一休禅師殿のもとで修行するのもいいかもしれんぞ。何もかも捨ててみて、生まれ変わって見るのもいいかもしれん。その後、どうしても連歌の道に入りたかったら戻って来るがいい。一休殿のもとで修行した事は決して無駄にはなるまい」

「はい‥‥‥」と安次郎は頷いた。


そして、安次郎は一休禅師を訪ねて行きます。


禅如々として生きる  名僧たちの教え  中世を創った人びと  禅僧たちの「あるがまま」に生きる知恵  心にのこる禅の名話  
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