和泉式部は中古三十六歌仙の一人で、情熱的な恋多き女性として有名です。
10世紀後半に生まれ、「源氏物語」を書いた紫式部より5歳位若いようです。
19歳頃、和泉守橘道貞と結婚して、翌年、小式部内侍を産みますが、道貞との仲は冷めてしまい、為尊親王との恋に落ちます。しかし、為尊親王は腫れ物を患って、26歳の若さで亡くなってしまいます。
悲しみに暮れていると、為尊親王の弟、敦道親王から声が掛かかります。敦道親王は和泉式部よりも年下でしたが、敦道親王の求愛を受け入れて敦道親王のもとへと行きます。その幸せも長続きしませんでした。敦道親王も27歳で亡くなってしまいます。
敦道親王の死から3年位経って、和泉式部は20歳年上の藤原保昌の妻となり、京都を離れて、保昌の任地、丹後の国へと赴きます。保昌は藤原道長の四天王と称された有能な武将だったようです。保昌の弟、保輔は和泉式部がまだ子供に頃に亡くなっていますが、盗賊の頭だったようです。
興味深い女性で、詳しく調べれば面白いエピソードが数多くありそうです。
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