2016年05月30日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 12.恋の病

フジと別れて奥間をあとにしたサハチ(尚巴志)たちは、名護まで戻り、東海岸に出て南下します。
伊波グスクに寄って、マチルギと試合をして、サハチは紙一重の差でマチルギに勝ちました。
伊波から西海岸に出て、読谷山の宇座に行き、宇座按司(泰期)と会います。
宇座按司は広い牧場で馬を育てていて、サハチたちを歓迎してくれました。
宇座按司との出会いはサハチの生き方に大きな影響を与えます。

サハチたちが宇座按司の屋敷に滞在中、浦添から馬に乗って侍女が訪ねて来ます。まるで十数年後のマチルギのようだとサハチは感心しますが、この侍女はナーサです。18年後、サハチはナーサと出会い、この時の事を思い出します。

旅から帰ったサハチは、父親の佐敷按司に旅の話をして、人々を苦しめている戦をなくすには琉球を統一しなければならないと言いいます。
島添大里按司を倒し、山南王も倒し、中山王も、山北王も倒さなければならないと大きな事を言います。
とんでもない事を言い出したサハチに、父親は驚きますが、サハチが生まれた時の事を思い出します。志喜屋の大主は、「この子はただものではない」と言いました。そして、月代の石が光ったとも言いました。
父親はサハチの顔をじっと見つめ、サハチならやるかもしれないと思い始めます。

旅から帰って一月が経つと、サハチは父親に大口を叩いた事が恥ずかしくなります。現実問題として、琉球を統一するどころか、島添大里按司を倒す事も難しい事でした。そんな夢のような話よりも、サハチはマチルギに会いたくなります。
サハチは父親の許しを得て、クマヌと一緒に伊波に向かいます。伊波にはヒューガがいて、マチルギの指導をしていました。
サハチはマチルギと試合をして負けます。試合に勝って、マチルギを嫁に迎えようと考えていたサハチはしょんぼりとして雨を眺めています。そんなサハチにマチルギが声を掛けてきます。サハチは一月後に試合をしようとマチルギと約束します。

今度こそはマチルギに勝とうと剣術の修行に励んでいたサハチは、父親からヤマトゥの国に行って来いと言われます。父親も十六歳の時にヤマトゥに行って来たと言います。
サハチはヤマトゥ旅に出る前に、伊波に行ってマチルギと会い、ヤマトゥ旅から帰って来るまで、試合を延期してくれと頼みます。マチルギは、待っていると言いました。


登場人物

・サハチ(尚巴志)
サミガー大主の孫。父は佐敷按司(サグルー)。

・宇座按司
泰期。察度の義弟。中山王の使者を引退し、宇座の牧場で馬を育てている。

・ナーサ
島添大里按司が八重瀬グスクを攻め落とす時に、八重瀬按司に贈った絶世の美女。
今は浦添の若按司に嫁いだ島添大里按司の長女の侍女として浦添グスクにいる。
後に尚巴志にとって重要な人物となる。

・尚巴志の父、佐敷按司
サグルー。サミガー大主の長男。後の中山王、思紹(ししょう)。

・クマヌ
ヤマトゥの山伏。佐敷按司の家臣。

・マチルギ
伊波按司の次女。後に尚巴志の妻になる。

・ヒューガ
三好日向。武芸者。
サハチにとって重要な人物となる。
「陰の流れ 第一部」に智羅天として登場。愛洲移香斎に気合いの術と彫刻を教える。


尚巴志伝

2016年05月27日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 11.奥間

サハチ(尚巴志)たちは今帰仁グスクから羽地に戻り、北上して奥間という村に着きます。
奥間村の長老に歓迎されたサハチたちは半月余りを奥間で暮らします。

奥間村はヤマトゥから渡ってきた鍛冶屋集団が住み着いた村で、琉球中の鍛冶屋を仕切っていました。
鍛冶屋だけでなく、炭焼き、木地屋、猟師、杣人、研ぎ師などの職人たちも奥間とつながっていました。
クマヌのお陰で、奥間村とつながりを持ったサハチは、奥間村の力を借りて、琉球統一への道を進んで行きます。

奥間村には、遠い所から村を訪ねて来た男に、一夜妻を与えて歓迎する習慣があり、サハチたちも一夜妻の歓迎を受けます。
サハチの一夜妻になったのは、サハチと同い年の研ぎ師の娘のフジでした。フジは可愛い娘で、サハチは夢中になってしまいます。


登場人物

・サハチ(尚巴志)
サミガー大主の孫。父は佐敷按司(サグルー)。

・サイムンタルー
中尾左衛門太郎。対馬の倭寇の頭領、早田三郎左衛門の次男。
妻の実家の中尾家を継いでいる。

・ヒューガ
三好日向。武芸者。
サハチにとって重要な人物となる。
「陰の流れ 第一部」に智羅天として登場。愛洲移香斎に気合いの術と彫刻を教える。

・クマヌ
ヤマトゥの山伏。佐敷按司の家臣。

・奥間の長老
奥間大主。1375年、奥間に来たクマヌを歓迎する。

・奥間ヌル
長老の姉。

・ヤザイム
鍛冶屋の親方。長老の長男。

・アサ
クマヌの一夜妻。

・シホ
ヒューガの一夜妻。のちに、ヒューガの娘、ユリを産む。

・チヨ
サイムンタルーの一夜妻。

・フジ
サハチの一夜妻。研ぎ師の娘。のちに、サハチの息子、サタルーを産む。


尚巴志伝

2016年05月19日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 10.今帰仁グスク

伊波グスクをあとにしたサハチ(尚巴志)たちは西側の海岸を北上して名護に行き、運天港に行き、今帰仁へ行きます。
高い石垣に囲まれた今帰仁グスクを見たサハチは驚きます。
今帰仁では研ぎ師のミヌキチの家にお世話になります。

今帰仁グスクは山北王の帕尼芝(はにじ)の居城。
先々代の今帰仁按司の娘婿の羽地按司は、先々代が亡くなったあと、義兄の今帰仁按司を攻め滅ぼして、今帰仁按司となり、1383年、明国に朝貢して、帕尼芝の名で山北王に封じられる。


登場人物

・サハチ(尚巴志)
サミガー大主の孫。父は佐敷按司(サグルー)。

・サイムンタルー
中尾左衛門太郎。対馬の倭寇の頭領、早田三郎左衛門の次男。
妻の実家の中尾家を継いでいる。

・ヒューガ
三好日向。武芸者。
サハチにとって重要な人物となる。
「陰の流れ 第一部」に智羅天として登場。愛洲移香斎に気合いの術と彫刻を教える。

・クマヌ
ヤマトゥの山伏。佐敷按司の家臣。

・ミヌキチ
刀の研ぎ師。先々代の今帰仁按司に呼ばれてヤマトゥから来る。
先代の今帰仁按司が羽地按司に攻め滅ぼされたあと、刀の研ぎ師を辞めるが、クマヌと出会い、先代の遺児(伊波按司と山田按司)が生きている事を知ると、刀の研ぎ師に復帰する。
妻は先代の今帰仁按司の妹。娘は伊波の若按司の妻。


◯硫黄に関する略年表。

900年頃、唐で火薬が発明される。
960年、日宋貿易で硫黄が輸出される。
1085年、宋から硫黄を大量に求める商人が太宰府に来る。
1145年、温州に漂流した船に硫黄が積んであった。
1271年、元が建国。
1274年、蒙古襲来。蒙古軍、火薬を使用する。
1281年、蒙古襲来。蒙古軍、火薬を使用する。
1351年、大陸で紅巾の乱が起こる。
1368年、明が建国。
1372年、察度、明と朝貢貿易を始め、硫黄を献上する。


尚巴志伝

2016年05月16日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 9.出会い

年が明けて16歳になったサハチ(尚巴志)は、浮島(那覇)から浦添グスク、中グスク、越来グスク、勝連グスクと見て、伊波グスクに行きます。
伊波グスクで、剣術に夢中になっている娘、マチルギと出会います。

浦添グスクは中山王、察度の居城です。
サハチはクマヌから、察度が慶良間の島で密かに兵を育て、その兵を使って浦添グスクを攻め落とした事を知ります。

浦添グスクの略年表

1187年、ヤマトゥの武将の息子といわれる舜天が浦添按司になる。
1237年、舜天没。息子の舜馬が浦添按司になる。
1248年、舜馬没。息子の義本が浦添按司になる。
1259年、義本を倒して、英祖が浦添按司になる。
1299年、英祖没。英祖の長男、大成が浦添按司になる。
1308年、大成没。大成の次男、英慈が浦添按司になる。
1313年、英慈没。英慈の四男、玉城が浦添按司になる。
1336年、玉城没。玉城の長男、西威が浦添按司になる。
1349年、西威を滅ぼして、察度が浦添按司になる。
1372年、察度、明国との朝貢を始め、琉球中山王に封じられる。
1395年、察度没。息子の武寧が中山王を継ぐ。


中グスクは中グスク按司の居城で、中グスク按司の妻は察度の娘。

越来グスクは越来按司の居城で、越来按司は察度の三男。

勝連グスクは勝連按司の居城で、勝連按司は察度の甥。

伊波グスクは伊波按司の居城で、伊波按司は帕尼芝(はにじ)に滅ぼされた今帰仁按司の次男。
伊波按司の子供たちは祖父の敵を討つために武術修行に励んでいる。


登場人物

・サハチ(尚巴志)
サミガー大主の孫。父は佐敷按司(サグルー)。

・サイムンタルー
中尾左衛門太郎。対馬の倭寇の頭領、早田三郎左衛門の次男。
妻の実家の中尾家を継いでいる。

・ヒューガ
三好日向。武芸者。
サハチにとって重要な人物となる。
「陰の流れ 第一部」に智羅天として登場。愛洲移香斎に気合いの術と彫刻を教える。

・クマヌ
ヤマトゥの山伏。佐敷按司の家臣。

・マチルギ
伊波按司の次女。後に尚巴志の妻になる。

・チューマチ
伊波按司の長男、若按司。

・トゥク
伊波按司の次男。叔父の山田按司の養子になっている。山田若按司。
護佐丸の父親。、

・マイチ
伊波按司の三男。後に安慶名按司になる。

・サム
伊波按司の四男。後に尚巴志の家臣になる。

・ムタ
伊波按司の五男、後にクマヌの養子になる。

・伊波ヌル
伊波按司の長女。

・ウトゥ
伊波按司の三女。


尚巴志伝

2016年05月12日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 8.浮島

サハチ(尚巴志)はクマヌ、サイムンタルー、ヒューガと一緒に旅に出ます。
佐敷から玉グスク、糸数グスク、八重瀬グスク、島尻大里グスク、小禄グスクを見て、浮島に渡ります。
初めて佐敷から出たサハチは何を見ても驚いてばかりいます。

玉グスク按司、垣花按司、知念按司、糸数按司は婚姻で結ばれていて、島添大里按司と対抗しています。中心になっているのが玉グスク按司です。
中山王となった察度に滅ぼされた浦添按司の西威は玉グスクの出身で、かつての玉グスク按司は中部から南部一帯を支配していましたが、浦添グスクを察度に奪われ、島添大里グスクと大グスクを島添大里按司に奪われて、支配が及ぶのは南部の東側だけになってしまいました。

島尻大里按司は察度と手を結び、明国との朝貢を始めて、山南王になります。


登場人物

・サハチ(尚巴志)
サミガー大主の孫。父は佐敷按司(サグルー)。

・サイムンタルー
中尾左衛門太郎。早田三郎左衛門の次男、妻の実家の中尾家を継いでいる。

・ヒューガ
三好日向。武芸者。
サハチにとって重要な人物となる。
「陰の流れ 第一部」に智羅天として登場。愛洲移香斎に気合いの術と彫刻を教える。

・クマヌ
ヤマトゥの山伏。佐敷按司の家臣。

・ハリマ
浮島の若狭町に住むヤマトゥの山伏。
後に宿屋を営む。

・白菊
若狭町の遊女屋「松風楼」の遊女。


◎浮島(那覇)の略年表

1349年 察度、浦添按司になる。
1350年 この頃より浮島に外来人たちが住み着くようになる。
     元の商船、日本の商船、東南アジアの商船が出入りする。
1351年 倭寇が連れて来た俘虜人の女たちを使って、浮島に遊女屋ができる。
1357年 元国から日本に向かう商船が浮島に寄港する。
1358年 日本から元国に向かう商船が浮島に寄港。
1368年 波之上権現の別当寺、護国寺が創建される。開山は真言僧の頼重。
     明国に向かう日本船、浮島に寄港。
     明使、日本への行き帰りに浮島に寄港。
1369年 明使楊載、日本への行き帰りに浮島に寄港。
1370年 明使楊載、日本と高麗に行く途中浮島に寄港。
1371年 明使楊載、日本からの帰りに浮島に寄港。
1372年 明国から琉球に使者が来る。
     察度、明国との進貢貿易を始め、中山王に封じられる。
     泰期、使者として明国に行く。
1374年 泰期、使者として明に進貢。明の使者、馬と硫黄を積んで帰る。
1375年 明国の使者、李浩、琉球に来る。泰期、帰国。
1376年 明国の使者李浩、馬40頭、硫黄5000斤を購入して帰国。
     泰期、帰国する李浩に従い進貢。元旦を賀し、馬16頭、硫黄1000斤を進貢。
1377年 中山進貢。
1378年 中山進貢。
1380年 中山進貢。
     島尻大里按司の承察度、初めて明国に進貢し、山南王に封じられる。
1382年 中山進貢。
1383年 明国の使者梁a、馬983匹を貨幣で買う。
     中山進貢。亜蘭匏の乗った進貢船が風に流され、宮古に漂着する。
     山南進貢。今帰仁按司、帕尼芝も初めて進貢、山北王に封じられる。
1384年 中山、山南、山北進貢。
1385年 中山進貢。
     中山、山南、山北進貢。
1386年 中山と山南、明国から進貢船を賜わる。
     自前の船で中山進貢。
1387年 尚巴志、クマヌたちと一緒に初めて浮島に来る。
     自前の船で中山進貢、自前の船で山南進貢。


尚巴志伝

2016年05月09日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 7.ヤマトゥ酒

大(うふ)グスク按司が島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)に滅ぼされたあと、大グスク按司になったのは島添大里按司の次男、シタルーでした。
佐敷按司は島添大里按司が攻めて来ると守りを固めていましたが、島添大里按司が攻めて来る事はなく、大グスク按司になったシタルーが度々、佐敷グスクにやって来ました。
島添大里按司は有能な者は殺さないとシタルーは言い、同盟したいと言いますが佐敷按司はきっぱりと断ります。
断っても断っても懲りずにやって来るシタルーに根負けした佐敷按司は、馬天浜を大グスク按司と共有するという条件を飲んで休戦しました。

大グスク落城の二年後の年末、ヤマトゥから早田(そうだ)三郎左衛門の船が馬天浜にやって来ました。
15歳になったサハチ(尚巴志)も歓迎の宴に呼ばれて、三郎左衛門の息子、左衛門太郎と武芸者の三好日向(みよしひゅうが)を紹介されます。
調子に乗って酒を飲み過ぎたサハチは酔い潰れてしまいます。


登場人物

・サハチ(尚巴志)
サミガー大主の孫。父は佐敷按司(サグルー)。

・尚巴志の父、佐敷按司
サグルー。サミガー大主の長男。後の中山王、思紹(ししょう)。

・尚巴志の祖父、サミガー大主
サグルーの父。伊平屋島出身で、馬天浜で鮫皮作りをしている。

・ウミンター
佐敷按司の弟。鮫皮作りを継ぐ事になっている。

・シタルー
大グスク按司。島添大里按司の次男。後の山南王、汪応祖(おうおうそ)。

・島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)
島尻大里按司(しまじりうふざとぅあじ)の叔父。
自らの力でのし上がって来たため、有能な者は殺さずに利用しようと考えている。佐敷按司は鮫皮を作ってヤマトゥと交易しているので、何とかして、味方に引き入れようと考え、佐敷を攻める事はしない。
後に王叔汪英紫(おうしゅくおーえーじ)として、明国に朝貢する。

・サンルーザ
早田三郎左衛門。対馬の武将。倭寇(わこう)の頭領。
サミガー大主と鮫皮の取り引きをしている。

・クルシ(黒瀬)
早田三郎左衛門の重臣。

・ウサキ(尾崎)
早田三郎左衛門の重臣。

・サイムンタルー
中尾左衛門太郎。早田三郎左衛門の次男、妻の実家の中尾家を継いでいる。

・ヒューガ
三好日向。武芸者。
サハチにとって重要な人物となる。
「陰の流れ 第一部」に智羅天として登場。愛洲移香斎に気合いの術と彫刻を教える。


尚巴志伝

2016年05月06日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 6.大グスク炎上

1385年2月、14歳になったサハチ(尚巴志)は大事件を経験する。
島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)と大(うふ)グスク按司が合戦を始め、信じられない事に、大グスク按司が敗れてしまったのだった。
佐敷グスクで留守を守っていたサハチは、出陣して行ったた父が無事に帰って来たので喜んだが、大グスクは焼け落ち、多くの者たちが戦死してしまった。


登場人物

・サハチ(尚巴志)
サミガー大主の孫。父は佐敷按司(サグルー)。

・尚巴志の父、佐敷按司
サグルー。サミガー大主の長男。後の中山王、思紹。

・尚巴志の祖父、サミガー大主
サグルーの父。伊平屋島出身で、馬天浜で鮫皮作りをしている。

・尚巴志の叔父、苗代之子(なーしるぬしぃ)
サグルーの弟。剣術の名人。

・馬天ヌル
尚巴志の叔母。

・マシュー
尚巴志の妹。後の佐敷ヌル。

・キラマ
馬天浜のウミンチュ。カマンタ(エイ)捕りの名人。

・大グスク按司
佐敷按司の従兄。

・美里之子(んざとぅぬしぃ)
尚巴志の祖父。大グスク按司の武術師範。

・外間之子(ふかまぬしぃ)
大グスク按司の武将。大グスク按司の妻と若按司を救出する。

・クマヌ
ヤマトゥの山伏。佐敷按司の家臣。

・屋比久大親(やびくうふや)
佐敷按司の重臣。

・島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)
島尻大里按司(しまじりうふざとぅあじ)の叔父。
後に王叔汪英紫(おうしゅくおーえーじ)として、明国に朝貢する。

・内原之子(うちばるぬしぃ)
島添大里按司の武将。五年前に糸数按司を倒している。

・シタルー
島添大里按司の次男。後の山南王、汪応祖(おうおうそ)。

・タブチ
島添大里按司の長男。八重瀬按司(えーじあじ)。

・ナーサ
島添大里按司が八重瀬グスクを攻め落とす時に、八重瀬按司に贈った絶世の美女。
今は浦添の若按司に嫁いだ島添大里按司の長女の侍女として浦添グスクにいる。
後に尚巴志にとって重要な人物となる。


関連年表

1380年 3月 島添大里グスク、八重瀬按司に攻め滅ぼされる。
        八重瀬按司は島添大里按司を名乗る。
1383年 4月  大グスク按司、死す。長男の若按司が跡を継ぐ。
1383年 7月 島添大里按司の娘、ウミカナが大グスク按司の側室となる。
1384年 4月 大グスク按司の妹が島添大里按司に側室として贈られる。
        大グスク按司の妹、タブチの側室になり、八重瀬グスクに送られる。
1384年 11月  大グスクの大将,當山大親死す。死を隠すが島添大里按司に知られる。
1385年 1月  島添大里按司、馬天浜を半分よこせと言って来る。大グスク按司は断る。
1385年 2月 島添大里按司、大グスクを攻めるために出陣。
        大グスク按司も出陣する。
        大グスク按司、玉グスク按司と知念按司と糸数按司に新グスクを見張らせる。
        佐敷按司と垣花按司は搦め手から島添大里グスクを攻めるために出陣。
        内原之子と苗代之子の対決で始まり、苗代之子が勝つ。
        勝ちの乗じて攻める大グスク勢、撤退する島添大里勢。
        炎上する大グスク。
        撤退する大グスク軍。伏兵が現れ挟み撃ちにされる。
        大グスク按司、討ち死に。美里之子、ビング戦死。
        佐敷按司と垣花按司、撤退する。
        島添大里按司、大グスクに登る。


尚巴志伝

2016年05月04日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 5.佐敷グスク

12歳になったサハチ(尚巴志)はヤシルーを師として弓矢の稽古に励んでいます。
島添大里(しましいうふざとぅ)グスクが八重瀬按司(えーじあじ)に奪われたあと、父の苗代大親(なーしるうふや)は大グスク按司に命じられて、佐敷にグスクを築いて、佐敷按司になりました。
大グスク按司に仕えていた、兼久大親(かにくうふや)、屋比久大親(やびくうふや)、与那嶺大親(ゆなんみうふや)の三人が重臣として佐敷按司に仕える事になり、祖父のサミガー大主の離れに居候していた山伏のクマヌ、ヤマトゥのサムレーのビングとヤシルー、禅僧のソウゲンも佐敷按司の家臣になりました。
サハチはみんなから若按司と呼ばれるようになります。
島添大里グスクを奪い取った八重瀬按司は、島添大里按司を名乗ってグスクを強化し、焼け落ちた城下も再建します。
大グスク按司は島添大里グスクを取り戻そうと何度も攻めますが、敵の守りは堅く、攻め落とす事はできず、無念のうちに亡くなってしまいます。


登場人物

・サハチ(尚巴志)
サミガー大主の孫。父は佐敷按司(サグルー)。

・尚巴志の父、佐敷按司
サグルー。サミガー大主の長男。後の中山王、思紹。

・尚巴志の祖父、サミガー大主
サグルーの父。伊平屋島出身で、馬天浜で鮫皮作りをしている。
鮫皮をヤマトゥの商人と取り引きをして得た財力を、息子のサグルーが按司になるために使う。

・ヤシルー
ヤマトゥから来た弓矢の名人。佐敷按司の家臣となり、尚巴志の弓矢の師となる。

・島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)
島尻大里按司(しまじりうふざとぅあじ)の叔父。後に王叔汪英紫(おうしゅくおーえーじ)として、明国に朝貢する。
1369年、八重瀬グスクを攻め取り、八重瀬按司(えーじあじ)になる。
1380年、島添大里グスクを攻め落として、島添大里按司になる。
長女は察度の長男、フニムイ(武寧)の妻になる。
長男は八重瀬按司のタブチ(達勃期)。
次男はシタルー。後の山南王、汪応祖(おうおうそ)。
三男はヤフス。具志頭按司(ぐしちゃんあじ)の娘婿になり、具志頭若按司になっている。

・ウミカナ
島添大里按司の三女。側室として大グスク按司に贈られる。

・中山王、察度(さとぅ)
浦添按司(うらしいあじ)。
1372年、明国から使者が来て、朝貢を始め、琉球中山王に封じられる。

・山南王、承察度(うふざとぅ)
島尻大里按司(しまじりうふざとぅあじ)。
1380年、明国に進貢し、山南王(さんなんおう)に封じられる。

・山北王、帕尼芝(はにじ)
今帰仁按司(なきじんあじ)。
1383年、明国に進貢し、山北王(さんほくおう)に封じられる。

・泰期(たち)
察度の義弟。察度の妹を妻に迎える。
察度が浦添按司になったあと、小禄にグスクを築いて小禄按司(うるくあじ)を名乗る。
察度が中山王になったあとは、使者として明国に何度も行く。
明国に送る馬を育てるために宇座に牧場を作り、使者を引退したあとは、宇座按司(うーじゃあじ)を名乗って、馬の飼育に専念する。

・亜蘭匏(アランポー)
久米村の唐人。
1383年、泰期に代わって正使となり、明国に行く。

尚巴志伝

2016年05月02日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 4.島添大里グスク

9歳になったサハチ(尚巴志)は友達と海に潜って遊んでいます。
馬天浜の西にある島添大里(しましいうふざとぅ)グスクで家督争いの戦が始まり、サハチは母と一緒に祖父のサミガー大主の屋敷に避難します。
祖父の屋敷には浜の者たちが全員、避難して来て、ウミンチュたちは武器を持って守りを固めます。
四日後、ようやく戦も終わり、避難していた人たちも解放されます。サハチは友達と一緒に海に行きますが、そこで、無残な姿で死んでいるサムレーの死体を見て唖然なります。

島添大里グスクは馬天浜を見下ろす山の上にあり、古くからヤマトゥとの交易をしていて栄えていました。
島添とは島々を治めるという意味で、浦々を治めるという意味の浦添(うらしい)よりも古いと思われます。
伝説では琉球に来た源為朝(みなもとのためとも)と島添大里按司の娘との間に舜天(しゅんてぃん)が生まれたと言われています。舜天は浦添にグスクを築いて、浦添按司になります。

家督争いが起きる百年ほど前、島添大里按司に対抗していた玉グスク按司は、良港に恵まれた島添大里グスクを奪い取ろうと考え、糸数(いちかじ)グスクと大(うふ)グスクを築いて、息子たちに守らせます。しかし、難攻不落の島添大里グスクを落とす事はできませんでした。
七十年ほど前に浦添按司(英慈)が亡くなり、家督争いの末、玉グスクに婿養子に入っていた玉城(たまぐすく)が浦添按司になります。浦添が手に入ったからには島添大里按司と争う必要もなくなり、玉グスク按司は島添大里按司と同盟を結びます。
三十年前、玉城の息子の西威(せいい)が浦添按司の時、察度(さとぅ)によって滅ぼされます。察度は島添大里グスクも玉グスクも攻めます。共にグスクを奪われる事はなかったが、島添大里按司は戦死してしまいます。島添大里按司には跡継ぎがなく、玉グスク按司の次男を婿に迎えて跡を継がせます。
その島添大里按司が亡くなったのが先月の事で、家督を巡って、子供たちが争いを始めたのでした。

島添大里按司の正妻が産んだ次男と側室が産んだ長男との争いでした。正妻は戦死した島添大里按司の娘で、側室は糸数按司の娘でした。
その家督争いに、島添大里グスクを奪い取ろうと虎視眈々と狙っていた八重瀬按司(えーじあじ)が介入してきて、島添大里グスクを奪い取ってしまったのでした。


登場人物

・サハチ(尚巴志)
サミガー大主の孫。父は苗代大親(サグルー)。

・サンラー
ウミンチュの倅。後に意外な場所で、サハチと再会します。

・ヤタルー
鮫皮職人の倅。

・マシュー
サハチの妹。後に佐敷ヌルになる。

・尚巴志の母、ミチ
美里之子(んざとぅぬしぃ)の長女。
サハチを産んだあと、妹のマシュー、弟のマサンルー、弟のヤグルー、妹のマナミーを産んでいる。

・馬天ヌル(馬天ノロ)
サハチの叔母、マカマドゥ。サグルーの妹。

・キラマ
鮫皮になるエイを捕る名人。慶良間島出身なので、キラマと呼ばれている。

・ヤシルー
ヤマトゥから来た弓矢の名人。

・尚巴志の父、サグルー
サミガー大主の長男。後の中山王、思紹。


・八重瀬按司(えーじあじ)
島尻大里按司(しまじりうふざとぅあじ)の叔父。後に王叔汪英紫(おうしゅくおーえーじ)として、明国に朝貢する。
十年前に八重瀬グスクを攻め取り、八重瀬按司になる。その時の活躍が察度の耳に入り、察度の跡継ぎ、フニムイ(武寧)の嫁に八重瀬按司の娘を所望される。


尚巴志伝

2016年04月30日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 3.察度と泰期

首里(すい)の高台に立って浮島(那覇)を眺めながら過去を振り返る中山王(ちゅうざんおう)の察度(さとぅ)。そこに明国への使者として行っていた義弟の泰期(たち)が来る。察度はいつの日か、首里にグスクを築こうと泰期に相談する。

当時、那覇は浮島と呼ばれる島でした。琉球にやって来た中国人や日本人が交易の拠点として住み始め、日本人が住む村を若狭町(わかさまち)と呼び、中国人が住む村を久米村(くみむら)と呼んでいました。
若狭町は波之上権現の門前町として発達した町で、久米村は土塁に囲まれた城塞都市でした。


登場人物

・察度(さとぅ)
中山王。浦添按司(うらしいあじ)。父親は奥間大親。妻は勝連按司の娘。
浦添按司の西威(せいい)を倒して、浦添按司になる。浦添按司になる前は、安里大親(あさとぅうふや)と名乗る。
1372年、明国から使者が来て、朝貢を始め、琉球中山王に封じられる。

・奥間之子(うくまぬしぃ)
察度の祖父。浦添按司、英慈(えいじ)の若按司に仕える武将。北部の奥間村出身。

・奥間大親(うくまうふや)
察度の父。英慈の若按司の娘を妻に迎えて、察度が生まれる。

・察度の母
浦添按司の英慈の長男、若按司の娘。
察度が10歳の時に亡くなってしまったため、察度は母親の素性を知らなかった。
ヤマトゥ旅から帰って来た察度は、父親から母親の素性を知り、母親の父親である若按司の敵を討つため、浦添按司の西威を攻め滅ぼして、浦添按司になった。
祖父の浦添若按司を殺したのは西威の父親、玉城(たまぐすく)だった。玉城は英慈の四男で、上の三人の兄を倒して浦添按司になったのだった。
玉城は玉グスク按司の娘婿になっていたが、玉グスク按司の後援によって、兄たちを倒して浦添按司になった。浦添按司の家督争いは各地の按司たちを戦乱に巻き込み、以後、戦乱の世になったと言われている。
察度も母親の素性を公表しなかったたため、いつしか、天女だという伝説になっていった。

・船思(ふにむい)
察度の長男。後の中山王、武寧(ぶねい)。

・泰期(たち)
察度の義弟。察度の妹を妻に迎える。
察度が浦添按司になったあと、小禄にグスクを築いて小禄按司(うるくあじ)を名乗る。
察度が中山王になったあとは、使者として明国に何度も行く。
明国に送る馬を育てるために宇座に牧場を作り、使者を引退したあとは、宇座按司(うーじゃあじ)を名乗って、馬の飼育に専念する。


尚巴志伝

2016年04月29日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 2.馬天浜

6歳になったサハチ(尚巴志)は母と妹のマシューと一緒にサミガー大主(うふぬし)の屋敷に遊びに行きます。
サミガー大主の屋敷の離れには各地から集まって来た居候が暮らしています。サハチは旅から帰って来たクマヌというヤマトゥ(日本)の山伏から旅の話を聞きます。

この離れはサミガー大主がヤマトゥから来る船乗りたちのために建てたものです。ヤマトゥの商人は冬の北風に乗って琉球に来て、夏の南風に乗ってヤマトゥに帰ります。半年間は琉球で暮らすので、彼らのために建てたのです。


登場人物

・サハチ(尚巴志)
サミガー大主の孫。父は苗代大親(サグルー)。

・マシュー
サハチの妹。後に佐敷ヌルになる。

・尚巴志の父、サグルー
サミガー大主の長男。後の中山王、思紹(ししょう)。
久高島の修行で強くなったサグルーは美里之子に認められ、苗代大親(なーしるうふや)と名乗り、美里之子の武術道場で師範代として若い者たちを鍛えている。

・尚巴志の母、ミチ
美里之子(んざとぅぬしぃ)の長女。
サハチを産んだあと、妹のマシューと弟のマサンルーを産んでいる。

・尚巴志の祖父、サミガー大主
サグルーの父。伊平屋島出身で、馬天浜で鮫皮作りをしている。
鮫皮は鮫の皮ではなく、エイの皮で、日本刀の柄に巻かれるが、日本では捕る事ができなかった。当時の日本は南北朝の戦が絶えず、刀は大量に生産されていた。その刀の柄に巻く鮫皮は必需品で、鮫皮を求めて日本から琉球に商人がやって来ていた。

・クマヌ
ヤマトゥの山伏。熊野の山伏なのでクマヌと呼ばれている。
サハチが2歳の時にヤマトゥから来て、琉球が気に入り、島内を旅して歩いている。
後に、サハチにとって重要な人物となる。

・ビング
ヤマトゥのサムレー(武士)。備後出身なのでビングと呼ばれている。槍の名人。
戦に敗れて主家を失い、家族も失って、博多に流れ着き、しばらく倭寇(わこう)として活躍したが、新天地を求めて琉球に来る。
ウミンチュ(海人)たちに槍を教えている。

・ソウゲン(宗玄)
日本から元の国に渡って、禅の修行を積むが、内乱の末に元が滅んで明となって日本に帰れなくなる。何とか進貢船に乗り込む事ができ、琉球に来る。ここにいれば、いつでも日本に帰れる事を知り、しばらく琉球に滞在しているうちに琉球が気に入って長居する事になる。

・ヨウケイ(楊渓)
琉球の状況を探るために明から遣わされた文官。

・八重瀬按司(えーじあじ)
島尻大里按司(しまじりうふざとぅあじ)の叔父。島添大里(しましいうふざとぅ)グスクを奪い取ろうと狙っている。

・中山王察度
浦添按司(うらしいあじ)。サハチが生まれた年、琉球に来た明国の使者と会い、明国との朝貢を始め、明国の皇帝、洪武帝から中山王に封じられる。



尚巴志伝

2016年04月27日

尚巴志伝 あらすじと解説 第一部 1.誕生

尚巴志の誕生と尚巴志の父、サグルーの久高島での剣術修行の話です。
尚巴志の誕生の時に光ったツキシルの石は、その後も何度か光ります。
尚巴志は琉球を統一した英雄で、1372年に生まれました。日本は南北朝の時代で、将軍は足利義満でした。中国では明国が始まったばかりの頃です。
尚巴志の名はサハチで、サハチが明国との交易を始めた時、サハチに「尚巴志」という漢字を当てました。尚巴志以後、尚を名字として扱うようになります。


登場人物

・志喜屋の大主(シチャヌウフヌシ)
尚巴志の出産を祝福するトキ(霊能者)。

・尚巴志の母、ミチ
美里之子の長女。

・尚巴志の祖母、マチ
ミチの母親、大グスクの武将、當山大親(トウヤマウフヤ)の娘。

・尚巴志の祖父、美里之子(ンザトゥヌシイ)
ミチの父親。大グスク按司の武術師範。

・尚巴志の父、サグルー
サミガー大主の長男。後の中山王、思紹。

・尚巴志の祖父、サミガー大主
サグルーの父。伊平屋島出身で、馬天浜で鮫皮作りをしている。

・尚巴志の祖母、マシュー
サグルーの母。大グスク按司の娘で、サミガー大主の妻。

・シラタル親方
久高島に住む武術の達人。

・シラタル親方の妻、ウミチル
浦添按司、西威の妹。

・フカマヌル(外間ノロ)
シラタル親方の長女。

・マニウシ
シラタル親方の長男。

・ウミタル
シラタル親方の次女。後に玉グスク按司の妻となる。


尚巴志伝