2006年12月03日

渡辺はま子

戦時中、女学生たちが好んで歌った歌に「愛国の花」という歌があります。明治時代に作られた「婦人従軍歌」に対して、昭和の「婦人従軍歌」と呼ばれました。歌ったのは渡辺はま子です。
昭和13年に国民歌謡としてラジオで放送されて、大反響になってレコード化されました。昭和17年には、木暮実千代と佐野周二が主演して映画化もされました。
渡辺はま子は明治43年に横浜に生まれ、昭和8年に武蔵野音楽学校を卒業して、その年の12月に歌手デビューします。
昭和11年、「忘れちゃいやヨ」を発売します。大ヒットの兆しがあったのに、残念ながら三ヵ月後に発売禁止となってしまいます。あたかも娼婦のようで、けしからんというお偉方の見解だったようです。レコード会社は仕方なく、タイトルと歌詞を変更して改訂版を出して対抗し、大ヒットとなりました。そして、翌年、売り出したのが「愛国の花」です。
渡辺はま子は満州映画のスターとなった李香蘭の歌も日本語で歌っています。「蘇州夜曲」や「何日君再来」などは、共に大ヒットしています。
戦地への慰問にも進んで行って、大陸で戦う兵士たちを励ましたりしていました。終戦の時は天津にいて、捕虜となってしまいますが、一年後に無事に帰国しています。
戦後も歌手として活躍し続け、昭和27年に歌った「ああモンテンルパの夜は更けて」は、その歌がきっかけで、フィリピンのモンテンルパ捕虜収容所に収容されていた日本人が釈放されています。
また、ハンセン病患者の病院に赴いて慰問を続けていたようです。
今、もう一度、彼女の歌を聞き直してみて下さい。感動するはずです。

沖縄二高女看護隊 チーコの青春

エッセンシャル・ベスト 渡辺はま子  渡辺はま子/李香蘭  モンテンルパの夜はふけて  流行歌手たちの戦争
タグ:歌手
posted by 酔雲 at 10:42| Comment(5) | TrackBack(0) | 昭和時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月26日

李香蘭

李香蘭は戦時中の映画スターです。日本語読みではリ・コーラン、中国語読みではリー・シャンランです。もともと日本人ですが、満州映画協会から中国人女優としてデビューしました。
大正9年に中国の満州に生まれ、中国語が堪能で歌もうまかったので、13歳の時に、李香蘭としてラジオ番組で歌手デビューします。その後、北京に行って女学校に通います。
17歳の時に満州映画協会が設立されて、翌年から、中国人映画スターとして活躍します。
19歳の時、初めて日本に渡って、東宝映画『白蘭の歌』で長谷川一夫と共演します。その後、『支那の夜』『熱砂の誓い』とヒット作に出演し、映画の中で歌った『蘇州夜曲』『紅い睡蓮』『何日君再来』も大ヒットします。
21歳の時、日劇で『歌う李香蘭』のショーをやりますが、物凄い人気で、観客が溢れて大騒動となりました。
23歳の時に出演した『萬世流芳』は中国全土で公開されて大ヒットします。李香蘭は中国人たちに中国人の大スターとして認められます。彼女が日本人だと疑う人など1人もいませんでした。
25歳の時に、日本は敗戦します。その時、日本映画に出ていた李香蘭は、売国奴だと処刑されそうになりましたが、日本人だという事が証明されて、無事に日本に帰る事ができました。
日本に帰ってからは本名に戻って、山口淑子の名で、数々の映画に出演しています。黒澤明監督の『醜聞』では三船敏郎と共演しています。

李香蘭の略歴

沖縄二高女看護隊 チーコの青春

李香蘭/渡辺はま子  「李香蘭」を生きて  李香蘭と東アジア  李香蘭私の半生  李香蘭、そして私の満州体験  李香蘭  
posted by 酔雲 at 12:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする