2008年04月12日

為永春水

梅暦(上)


為永春水は人情本「春色梅暦」の作者として有名です。
人情本というのは洒落本から発達した読物で、婦女子向けの恋愛小説です。当時、女性向けの読物は少なく、春水の人情本は大いに受けました。
寛政2年(1790年)に生まれた春水は20代の半ば頃、越前屋長次郎を名乗って貸本屋を始めます。
文政2年(1819年)、兄の滝亭鯉丈と組んで、人情本「明烏後正夢」を発表します。
天保3年(1832年)、「春色梅暦」の初編を売り出して大当たりします。翌年には続編の「春色辰巳園」を発表、天保7年には「春色恵の花」、天保9年には「英対暖語」、天保12年には「春色梅美婦祢」とシリーズ化されます。
その頃、水野忠邦の天保の改革が始まり、庶民の娯楽も規制されてしまいます。天保12年の暮れ、春水も北町奉行所に呼び出されます。翌年の正月から取り調べが始まり、春水は手鎖50日の判決を受け、春水の本は絶版となってしまいます。この時、歌舞伎の七代目市川団十郎は江戸から追放され、人気戯作者の柳亭種彦は自殺してしまいます。
草津温泉膝栗毛・冗談しっこなし」では、若い頃の春水が越前屋長次郎の名で登場します。


近世文学研究事典新版  新編日本古典文学全集(80)  江戸庶民風俗図絵  柳亭種彦  近世の三大改革  
タグ:戯作者
posted by 酔雲 at 13:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 江戸時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
江戸の出版等にお詳しいようですね。
<江戸再発見の旅>をブログで始めておりますが、アドバイスをいただければ、うれしく思います。よろしくお願い致します。
Posted by kino at 2008年04月13日 12:56
kino様、ありがとうございます。
残念ながら、それほど詳しいわけではありません。小説「冗談しっこなし」を書くために集めた資料の一部で、十返舎一九の周辺の事しかわかりません。
江戸時代は調べれば調べるほど、奥が深くて難しい反面、面白い時代でもあります。
こちらこそ、よろしくお願い致します。
Posted by 酔雲 at 2008年04月13日 13:26
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