2008年03月29日

蔦屋重三郎

東洲斎写楽『奴江戸兵衛』木版画


蔦屋重三郎は「蔦重」と呼ばれ、喜多川歌麿や東洲斎写楽を売り出した版元として有名です。
寛延3年(1750年)の正月、吉原の遊廓内で生まれた蔦重は二十代の半ば頃、吉原の大門前に小さな本屋を開業して、「吉原細見」と呼ばれる遊廓の案内書を売り始めます。
安永9年(1780年)頃から、黄表紙や洒落本、狂歌本などを売り出し、天明3年(1783年)、老舗の版元が居並ぶ通油町に進出します。
寛政3年(1791年)、正月に売り出した山東京伝の洒落本が風紀を乱す違法出版物だと指摘されて、身代を半減されてしまいますが、蔦重は歌麿の美人大首絵を売り出して巻き返します。
そして、寛政6年の5月から、謎の絵師、写楽の役者絵を売り出します。
十返舎一九が「東海道中膝栗毛」を売り出して有名になった頃、蔦重はすでに亡くなっていましたが、売れる前の一九は蔦重に居候して、色々と世話になっていました。若き日の葛飾北斎と曲亭馬琴も蔦重の世話になっています。


草津温泉膝栗毛・冗談しっこなし


  写楽 Sharaku  歌麿 夢と知りせば  探訪・蔦屋重三郎  江戸の出版事情  図説浮世絵に見る江戸吉原新装版


posted by 酔雲 at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。