2008年02月16日

赤堀村の本間道場

国定忠次が生きていた時代、国定村の近くの赤堀村に本間道場という剣術道場がありました。
道場主は本間千五郎(1784-1874)といい、門人は数百人いたと言われています。北辰一刀流の千葉周作が伊香保神社に額を奉納しようとして、馬庭念流の樋口家と争いになった事件に千五郎も参加しています。俳人としても有名で「丹頂」と号し、島村の絵師、金井烏洲とも交流がありました。
千五郎の祖父は権八郎(1721-1756)といい、力持ちの大男で草相撲の大関を務め、剣術の達人でもありましたが、蚕種の商用で奥州を旅している最中に食中毒で亡くなってしまいました。
権八郎の嫡男、仙五郎(1744-1815)は、赤城山に籠もって厳しい修行を積んで荒木流の免許を授かり、さらに、馬庭念流の樋口道場に入門して、免許を授かって道場を開きます。1773年には、樋口家より永代免許を授けられます。
千五郎は仙五郎の長男で、父親の跡を継いで道場主になりました。


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ラベル:武芸
posted by 酔雲 at 13:38| Comment(0) | TrackBack(1) | 江戸時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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