2007年11月16日

赤松満祐、最期の地、城山(きのやま)城

嘉吉の変で、六代将軍足利義教を殺した赤松満祐は領国の播磨に帰って抵抗しますが、幕府軍に敗れて、城山城で自害を遂げます。
城山城は赤松家代々の拠点でしたが、応仁の乱の頃に再興された時、当主の赤松政則は城山城を拠点とはせずに、置塩城を本拠地にしました。城山城は嘉吉の変で破壊されたまま放置されました。
「陰の流れ第二部・赤松政則」で、太郎たちは赤松満祐が隠したと思われる財宝を捜すために、城山城に登ります。


城山城跡からの眺め    城山城跡    城山城跡の供養塔

城山城跡の供養碑  亀池  亀岩


城山城

陰の流れ《愛洲移香斎》第二部・赤松政則


ラベル:室町時代の城
posted by 酔雲 at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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