2007年11月01日

北畠氏の都、多気

「陰の流れ第一部・天狗勝」で、太郎と楓が北畠氏の本拠地、多気に行った頃、多気は伊勢の都と言われて、応仁の乱で焼けてしまった京都以上に栄えていました。
多気御所と呼ばれた北畠氏のお屋形跡は、現在、北畠神社となって、庭園だけが残っています。北畠神社の裏山が、詰の城だった霧山城です。


北畠御所の庭園 史跡霧山城跡 霧山城矢倉跡

霧山城鐘突堂跡 霧山城本丸跡 霧山城本丸跡


多気御所

陰の流れ《愛洲移香斎》第一部・天狗勝


ラベル:戦国の城
posted by 酔雲 at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。