2007年10月22日

愛洲移香斎の故郷、五ケ所浦

五ケ所城跡の愛洲移香斎顕彰碑


「陰の流れ」を書く前に、五ケ所浦を訪ねたのは今からもう、二十年以上も前の事でした。
陰流の流祖、愛洲移香斎が生まれた五ケ所浦は静かな海辺の小さな町でした。五ケ所城跡に愛洲移香斎の顕彰碑があったように記憶しています。
私が愛洲移香斎に興味を持ったのは、上泉伊勢守の師匠だったからです。
剣聖と呼ばれる新陰流の流祖である上泉伊勢守は群馬県前橋市に生まれました。群馬県が生んだ最も偉大な人物なのに、当時、知名度はそれ程ありませんでした。私は上泉伊勢守を小説に書かなければならないと決心しました。伊勢守を語るには、その師である移香斎から書いた方がいいだろうと書き始めました。
移香斎の誕生から始めて、移香斎が日向の国で陰流を開眼し、上泉伊勢守と出会って陰流を伝授し、伊勢守がさらに工夫して新陰流を編み出し、大和の柳生家に伝えるという物語を想定して書き始めました。前編が愛洲移香斎、後編が上泉伊勢守という考えでしたが、書いて行くうちに、話がどんどん膨らんでしまい、第一部から第四部まで、四百字詰め原稿用紙にして、約五千枚を書き終えましたが、移香斎はまだ、数え年で26歳です。まだまだ、上泉伊勢守は生まれません。
この先、どれだけ長く続くかわかりませんが、書き続けなければなりません。ただ、今は書く余裕がなく、余裕ができたら、続きを書きます。


五ケ所浦、五ケ所城跡

陰の流れ《愛洲移香斎》


ラベル:取材
posted by 酔雲 at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。