2007年07月22日

西行法師


西行の旅路


ねがはくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの もち月の頃

この歌で有名な西行法師は元永元年(1118年)に生まれました。平清盛と同い年で、源頼朝より29歳年上です。
出家前の名は佐藤義清(のりきよ)といい、藤原秀郷の九代目の子孫です。
鳥羽院の北面の武士でしたが、23歳の時に出家して、西行と号します。出家した理由はわかりませんが、鳥羽院の皇后だった待賢門院璋子(たいけんもんいんしょうし)との恋が絡んでいるようです。待賢門院は西行より17歳も年上ですが、余程、美しい人だったのでしょう。
その美しい人は崇徳天皇、後白河天皇を産んで、45歳で亡くなってしまいます。その頃、西行は奥州方面を漂泊していたようです。

なげけとて 月やはものを 思はする かこち顔なる 我が涙かな

百人一首に載っているこの歌は待賢門院を思い出して詠んだのかもしれません。
数々の名歌を残して、西行は歌の通り、2月の16日に亡くなったようです。73歳でした。
西行の没後、西行を慕う者は多く、連歌の第一人者である宗祇も、俳諧の第一人者である芭蕉もそうです。そして、幕府に仕えていた伊勢新九郎も西行を慕い、武士をやめて頭を丸めて旅へと出ます。

陰の流れ《愛洲移香斎》    ブログ版陰の流れ


ラベル:僧侶 歌人
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posted by 酔雲 at 11:17| Comment(0) | TrackBack(1) | 平安時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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