2018年08月20日

尚巴志伝 あらすじと解説 第二部 47.瀬戸内の水軍

博多に着いたサハチ(尚巴志)たちは一文字屋の船に乗って京都に向かいました。
赤闃ヨで大内氏の水軍大将、広中三河守のお世話になり、翌日、潮の流れが変わるのを待って、瀬戸内海に入りました。
初めのうちは快適に走りましたが、潮の流れが変わってしまい、小さな港に入ります。
ンマムイとシンシンが船の上で笛の稽古をしていたら、村の者たちが集まって来て、遠い所からよく来てくれたとサハチたちは村の長老に歓迎されます。
長老の屋敷に招待されて、捕れ立ての魚介や酒の御馳走になり、楽しい一時を過ごします。
長老は屋敷に泊まっていけと勧めましたが、孫三郎が首を振って、サハチたちは船に戻ります。
この辺りの漁師は海賊になる場合もあるので、気をつけなければならないと孫三郎は言います。
夜中にササに起こされ、村人たちが襲って来るとササは言います。
月のない夜中に船を出すのは危険だったが、サハチたちは港から離れます。
港に松明の光が見えましたが、船を出して追って来る事はなく助かりました。

翌日は室積という大きな港に入って、広中三河守の家臣が食事や宿舎の世話をしてくれたので、ゆっくり休めました。
上関では村上水軍の村上又太郎と妹のあやに歓迎されます。
あやは慈恩禅師の弟子で、ササと仲よしになります。
修理亮は慈恩禅師の事を聞いて、慈恩禅師が信濃の国にいるらしいと言う事がわかって喜びます。
そして、慈恩禅師の弟子の中条兵庫助が将軍様の武術指南役を務めている事がわかり、サハチは中条兵庫助と会って、将軍様に近づこうと考えます。

あやが護衛の船を付けてくれたので、サハチたちは安心して東へと向かいます。
瀬戸内海には大小様々な島が散らばっていて、潮の流れも複雑でした。

鞆の浦で潮待ちをして、あやと別れました。
児島の下の津で塩飽水軍の頭領、塩飽三郎入道と会い、牛窓港に着きました。
牛窓には一文字屋の店があって、サハチたちは一文字屋の屋敷でのんびりしました。



◇尚巴志たちの船旅

5月29日、博多から赤闃ヨまで。広中三河守の歓迎を受ける。
6月1日、赤闃ヨから小さな漁港まで。海賊に襲われそうになる。
6月2日、小さな漁港から室積まで。広中三河守の家臣に歓迎される。
6月3日、室積から上関まで。村上又太郎に歓迎される。
6月4日、上関に滞在。ヂャンサンフォンが又太郎とあやに武当拳を指導する。
6月5日、上関から津和地島まで。あやが宿舎を手配してくれる。
6月6日、津和地島から蒲苅三之瀬まで。あやが宿舎を手配してくれる。
6月7日、蒲苅三之瀬から鞆の浦まで。「三星屋」の世話になる。
6月8日、鞆の浦から児島の下の津まで。塩飽三郎入道の世話になる。
6月9日、児島の下の津から牛窓まで。「一文字屋」の屋敷がある。



◇村上水軍

1333年、村上義弘、瀬戸内海で北条時直の水軍を破る。
1349年、能島村上氏が東寺領の弓削庄付近で海上警護を請け負っていた。
1350年、足利義詮は熊野水軍安宅氏に、淡路国沼島以下海賊退治を命じる。
1358年、足利尊氏が没し、足利義詮が二代将軍の座につく。
1361年、征西府軍、少弐氏の太宰府を落とし太宰府を征西府とする。1372年まで存続。
1365年、村上義弘、河野通尭と共に大宰府の懐良親王に謁見する。
1369年、村上長門守義弘、村上山城守、水軍として伊予で活躍する。
1371年、懐良親王、「日本国王良懐」の名で明の冊封を受ける。
1372年、今川了俊が九州探題として派遣される。
     太宰府落城。懐良親王、太宰府から良山に移る。
1374年、村上義弘、行方不明になる。
1377年、村上師清、甥の義胤を連れて信濃から瀬戸内海に進出し、村上義弘の跡を継ぐ。
     伊予水軍頭領村上師清、因島支配者今岡通任と戦い勝利する。
1383年、征西将軍懐良親王没。
1399年、能島の村上山城守師清、死す。甥の義胤が跡を継ぐ。




登場人物

・サハチ(尚巴志)
島添大里按司。
父は中山王の思紹。
妻は伊波按司の妹、マチルギ。
父を中山王にして、明国に旅立つ。
妻のマチルギをヤマトゥ旅に行かせる。
笛が得意。マチルギからもらった一節切の稽古に励んでいる。
佐敷のお祭りで一節切を初披露して喝采を浴びる。
梅雨が明け、ウニタキ、ファイチと一緒にヤマトゥと朝鮮の旅に出る。
琉球から使者を送るために、できれば将軍様に会いたいと思っている。

・ウニタキ
表向きは地図を作っている重臣の三星大親。
中山王の裏の組織「三星党」の頭領。
妻は尚巴志の叔母のチルー。
尚巴志を守るために一緒に明国に行く。
弁ヶ岳の新しい拠点が完成する。
三弦と歌が得意。
佐敷のお祭りで、フカマヌルとの事がチルーにばれて頭を下げる。
サハチとファイチと一緒に朝鮮、ヤマトゥの旅に出る。

・ファイチ(懐機)
中山王の客将。
久米村からアランポー一族を追い出し、長史のワンマオと一緒に新しい久米村を造っている。
旧友に会うために尚巴志と一緒に明国に行く。
明国で旧友と再会し、永楽帝とも再会し、師匠のヂャンサンフォンとも再会する。
琉球のために、ヤマトゥと朝鮮と交易がしたいと考えている。
サハチ、ウニタキと一緒に朝鮮、ヤマトゥの旅に出る。

・ジクー禅師
京都妙心寺の禅僧だったが、妙心寺が将軍義満につぶされ、志佐壱岐守と一緒に琉球に来る。
マチルギたちと一緒にヤマトゥに行く。
サハチたちと一緒に朝鮮とヤマトゥに行く。

・ササ
馬天若ヌル。父親は水軍大将のヒューガ、母親は馬天ヌル。
幼い頃から母親に剣術を習い、娘たちの師範代を務めるほとの腕を持っている。
ヌルとしても強い霊力を持っていて、尚巴志と懐機を出会わせたのもササだった。
シンシンと仲よくなる。
ヒューガ、馬天ヌルと一緒にヤマトゥに行く。
対馬のワタツミ神社で豊玉姫とスサノオを知る。
読谷山で見つけた赤いガーラダマを身に付ける。
笛が得意。
サハチたちと一緒に朝鮮とヤマトゥに行く。
夜中に、海賊の動きを察知して、襲撃を防ぐ。

・シンシン(杏杏)
ヂャンサンフォンの弟子。
両親は山賊に殺され、ヂャンサンフォンに拾われて、ファイチの妹夫婦に育てられる。
ヂャンサンフォンと一緒に琉球に行く。
ササと仲よくなる。
ササと一緒にヤマトゥに行く。
読谷山で見つけた青いガーラダマを身に付ける。
サハチたちと一緒に朝鮮とヤマトゥに行く。
トカラの宝島でンマムイに勝ち、ンマムイから師姐と敬われる。
ササを真似して笛の稽古を始める。

・シズ
ウニタキの配下。
父はヤマトゥンチュでヤマトゥ言葉が話せる。
ササと一緒にヤマトゥに行く。
丸太引きのお祭りで若狭町の守護神を務める。
サハチたちと一緒に朝鮮とヤマトゥに行く。

・ヂャンサンフォン(張三豊)
武当山の道士。ファイチの師匠。
永楽帝が会いたいと思って必死に探しているが、権力者には会いたくないと逃げている。
武当拳、武当剣の創始者。
シンシンを連れて琉球に行く。
マチルギと一緒にヤマトゥに行く。
対馬の船越の山の中でヒューガと修理亮を鍛える。
阿波根グスクの洞窟でンマムイを鍛える。
サハチたちと一緒に朝鮮とヤマトゥに行く。
上関で村上又太郎とあやに武当拳の指導をする。

・飯篠修理亮
念流の創始者の慈恩禅師を探している若い武芸者。
のちに長威斎と号し、天真正伝神道流を編み出す。
ヒューガが慈恩禅師の弟子だと知り、一緒に対馬に行く。
ヂャンサンフォンの指導を受けるために琉球に来る。
ヤマトゥに帰って慈恩禅師を見つけ出して、琉球に連れて来ようと考えている。
村上又太郎から慈恩禅師が信濃にいると聞いて喜ぶ。

・兼グスク按司
武寧の次男、ンマムイ。
妻は今帰仁按司の娘、マハニ。
武芸に興味を持ち阿波根グスクに武芸者たちを集めている。
ヂャンサンフォンに会いに武当山に行ったことがある。
日本の剣術、念流と明国の拳術、少林拳を身に付けている。
ヂャンサンフォンに出会えたので、尚巴志の襲撃を中止する。
ヤマトゥから帰って来たヂャンサンフォンを迎えて指導を受ける。
従者として明国に二度、朝鮮にも二度行っている。
武当拳で尚巴志に負け、尚巴志を師兄と敬う。
山南王から許しをもらって、サハチたちと一緒に朝鮮とヤマトゥに行く。
トカラの宝島でシンシンに負け、ササ、シンシン、シズを師姐と敬う。
サハチの真似をして、笛の稽古を始める。

・イハチ
サハチの三男。

・クサンルー
浦添按司の長男、浦添若按司。

・クム
首里の女子サムレー。
実力で選ばれ、サハチたちと一緒に朝鮮とヤマトゥに行く。

・ハナ
首里の女子サムレー。
実力で選ばれ、サハチたちと一緒に朝鮮とヤマトゥに行く。

・アミー
島添大里の女子サムレー。二番組。
サグルーと一緒に山南王の婚礼に行く。
実力で選ばれ、サハチたちと一緒に朝鮮とヤマトゥに行く。

・一文字屋孫三郎
坊津の一文字屋の主人。

・みお
一文字屋孫三郎の三女。

・広中三河守
大内氏の水軍大将。

・村上又太郎
村上水軍の頭領、山城守の長男。

・村上あや
又太郎の妹。

・塩飽三郎入道
塩飽水軍の頭領。



尚巴志伝
ラベル:琉球 尚巴志伝
posted by 酔雲 at 21:23| Comment(0) | 尚巴志伝 あらすじと解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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