2007年06月16日

東光坊

東光坊は草津温泉の領主、湯本善太夫の師匠だった円覚坊の倅です。父と同じように山伏になるため、10歳になると飯縄山に入って修行を始めます。
19歳の時、先達山伏になり、21歳の時には武術師範代になって、若い者たちを鍛えます。
26歳の時、父親に呼ばれて岩櫃城に行き、湯本善太夫と会います。この時、円覚坊は真田一徳斎に仕える事になっていたので、自分の代わりに倅の東光坊を紹介したのです。
飯縄山で若い者たちに武術を教えるのにも飽きてきていた東光坊は気分転換のつもりで、軽い気持ちで引き受けます。
善太夫は自分の跡継ぎに決めた三郎右衛門を東光坊に託します。自分が円覚坊に連れられて旅をして世間を知ったように、三郎右衛門にも旅をさせて世間の広さを体験させようと思ったのです。
東光坊は15歳の三郎右衛門を連れて各地へと旅へ出ます。山の中の草津周辺しか知らない三郎右衛門は何を見ても驚き、少々頼りない所もありますが、だんだんと成長して行きます。東光坊も三郎右衛門の成長を見て行くうちに、こいつのために一生を懸けてみるのもいいかもしれないと思うようになります。
三郎右衛門は19歳になると修行の旅を終えて長野原城に入って、お屋形様になるために戦にも出陣します。東光坊は善太夫のために配下の山伏たちを使って諜報活動をします。その頃、父の円覚坊は真田家のために忍び集団を作っていました。その事を知ると善太夫は東光坊に湯本家のために忍び集団を作るように頼みます。
東光坊は真田に行って父親と相談して、見込みのありそうな若い者を集め、白根山中で鍛えて、忍び集団を作ります。まだ、忍び集団が完成しない天正3年(1575年)5月、長篠の合戦で、善太夫も円覚坊も戦死してしまいます。
東光坊はお屋形様になった三郎右衛門を助けて、湯本家のために働きます。

戦国草津温泉記・湯本善太夫

戦国草津温泉記・湯本三郎右衛門
ラベル:修験
posted by 酔雲 at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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