2006年12月27日

飯篠長威斎

武神を祀っている鹿島神宮と香取神宮には古くから武術が伝わっていました。その二つの武術をまとめて体系付け、『天真正伝神道流(てんしんしょうでんしんとうりゅう)』と称したのが飯篠長威斎(いいざさちょういさい)です。
長威斎が生まれたのは元中4年(1387年)で、亡くなったのは長享2年(1488)だと伝えられています。当時の人たちの寿命を考えれば、まるで、仙人のように長生きしています。
弟子の数も相当の数に昇った事でしょう。塚原卜伝の祖父、塚原土佐守は最も有名な弟子でした。卜伝と上泉伊勢守の師である松本備前守は倅の山城守盛直の弟子で、自顕流を開いた十瀬与三左衛門は長威斎の曾孫、若狭守盛信の弟子です。
長威斎は京都に出た時、八代将軍足利義政にも指導していますが、義政は武術よりも茶の湯や庭園造りの方に熱中したようです。
しかし、幕府に出入りしていた武将たちは長威斎の武術に目を見張って、弟子たちを武術師範役として誘ったに違いありません。弟子たちによって神道流は各地に広まって行き、その発祥の地である鹿島、香取は武術の聖地となって行きます。

陰の流れ《愛洲移香斎》第一部・陰流天狗勝

※陰の流れ第一部には飯篠長威斎は登場しませんが、弟子の倉田無為斎と川島与三郎が登場します。


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ラベル:武芸者
posted by 酔雲 at 10:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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