2006年12月24日

天正10年(1582年)頃の物価

織田信長が殺された頃の物価を調べてみますと、米1石が京都で1200〜1500文、奈良では600〜800文です。京都は奈良の倍近く、物価が高かったようです。
1石は10斗で、1斗は10升です。1石というのは一升瓶100本分という事です。銭1000文は1貫文といいます。
大豆1石が京都で1000〜1300文、奈良で650〜800文。塩1斗が京都で100〜150文、奈良では70〜120文です。
当時、足軽の年間の給料は米にして1石8斗余りです。米1石が銭1貫文だとすると、1貫800文という計算になって、月給にすると150文になります。
職人一日の賃金が50文で、人足は20文です。人足と比べても、足軽は随分と安いように思いますが、食事と部屋代が引いてあるからかもしれません。
豆腐一丁が3文、饅頭も3文、鰯が2匹で1文、鯵が3匹で1文、1尺の鯛が15文、みかん10個が16〜20文、瓜10個が10〜30文、なす10個は1文です。
ローソク1本が10文前後、鎌一丁が25文、油1升が70〜120文、酒1升が10〜20文、布3反が250文、木綿1反が872文、足袋は1足、350文もします。
鉄砲は一挺が10貫文位だったようです。名物茶道具の九十九髪茄子が一千貫文、松本茶碗が五千貫文、三日月の葉茶壷が一万貫文でした。
ついでに付け足すと、信長が堺に要求した矢銭は二万貫文、本願寺に要求したのは五千貫文でした。

時は今‥‥石川五右衛門伝


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ラベル:物価
posted by 酔雲 at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国時代>文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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