2006年12月14日

草津温泉の領主、湯本三郎右衛門

湯本善太夫の跡を継いだ三郎右衛門は善太夫の甥です。
13歳の時、父親は戦死してしまいます。本来なら長男の三郎右衛門が父の跡を継ぐはずでしたが、若過ぎるために、父親の弟が跡を継ぐ事に決まってしまいます。
悔しい思いをした三郎右衛門でしたが、翌年の春、思いもよらない幸運が舞い降りてきます。お屋形様の善太夫が三郎右衛門を跡継ぎとして養子に迎えるというのです。
その時、善太夫には跡を継ぐべき男子がいませんでした。この後に生まれる可能性はありましたが、三郎右衛門の父親のように、いつ戦死するかわからない状況です。
現に、三郎右衛門の父親は怪我をして出陣できない善太夫の代わりに大将として出陣して戦死したのです。もし、善太夫が出陣していたなら、確実に戦死したでしょう。善太夫は妹の子供である三郎右衛門を跡継ぎにする事に決めました。
善太夫の養子になった三郎右衛門は山伏の東光坊と共に修行の旅に出ます。戦乱の世を行き抜くためには、世の中の動きを知らなければなりません。善太夫は自分の目で世の中の動きをしっかりと見て来いと三郎右衛門を旅に出しました。
三年間、各地を旅して見聞を広めた三郎右衛門はお屋形様になるための修行を始めます。
三郎右衛門が22歳の時、善太夫は武田信玄の遺志を継いだ勝頼に従って、京都を目指して出陣します。徳川家康を倒し、織田信長も倒して、上洛するはずでしたが、武田軍は長篠で敗戦してしまい、名立たる武将が大勢、戦死してしまいます。善太夫も戦死してしまいました。
早すぎる善太夫の死でした。三郎右衛門はあまりの突然の訃報に動転しますが、立ち直って、湯本家のために、草津温泉を守るためにお屋形様となるのです。

戦国草津温泉記・湯本善太夫

戦国草津温泉記・湯本三郎右衛門
ラベル:武将
posted by 酔雲 at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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