昭和13年に国民歌謡としてラジオで放送されて、大反響になってレコード化されました。昭和17年には、木暮実千代と佐野周二が主演して映画化もされました。
渡辺はま子は明治43年に横浜に生まれ、昭和8年に武蔵野音楽学校を卒業して、その年の12月に歌手デビューします。
昭和11年、「忘れちゃいやヨ」を発売します。大ヒットの兆しがあったのに、残念ながら三ヵ月後に発売禁止となってしまいます。あたかも娼婦のようで、けしからんというお偉方の見解だったようです。レコード会社は仕方なく、タイトルと歌詞を変更して改訂版を出して対抗し、大ヒットとなりました。そして、翌年、売り出したのが「愛国の花」です。
渡辺はま子は満州映画のスターとなった李香蘭の歌も日本語で歌っています。「蘇州夜曲」や「何日君再来」などは、共に大ヒットしています。
戦地への慰問にも進んで行って、大陸で戦う兵士たちを励ましたりしていました。終戦の時は天津にいて、捕虜となってしまいますが、一年後に無事に帰国しています。
戦後も歌手として活躍し続け、昭和27年に歌った「ああモンテンルパの夜は更けて」は、その歌がきっかけで、フィリピンのモンテンルパ捕虜収容所に収容されていた日本人が釈放されています。
また、ハンセン病患者の病院に赴いて慰問を続けていたようです。
今、もう一度、彼女の歌を聞き直してみて下さい。感動するはずです。





ラベル:歌手
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で人気を博した二村定一がいます。
「君恋し」やジャズ・ソングのヒット
で有名です。渡辺はま子のビクター
の先輩でもあります。もっとも、
渡辺はま子がビクター入社の頃
には二村は同社にいませんでしたが。
今回、菊池清麿氏の二村定一伝が
刊行される予定です。書誌名・『私
の青空 二村定一ジャズ・ソングと
軽喜劇黄金時代』(論創社)です。
まずはお知らせまで。