2006年11月14日

飯道山

近江(滋賀県)の国、甲賀の飯道山は古くから修験の山でした。開山は修験道の開祖、役(えん)の行者と呼ばれる役の小角(おづぬ)です。
山中にあった飯道寺は天平年間(729〜749年)に聖武天皇の勅願によって、良弁僧正が紫香楽宮の鬼門鎮護のために建立したそうです。
戦国時代の頃は山中に50以上の僧坊が建ち並び、大勢の山伏たちが修行していました。梅本院・岩本院、成就院、宝寿坊、快玄坊、奥之坊、仙良坊、岩之坊、但馬坊、北之坊、順光坊、池之坊、愛宕坊、理教坊、教学坊、福谷坊、千寿院などの名が記録に残っています。平等岩、覗き岩、胎内くぐり、蟻の門渡りなどの行場は今も残り、僧坊跡の石垣も残っています。
甲賀や伊賀で発達した忍びの術は山伏たちの武術から生まれているので、飯道山は忍びの術の発祥の地だったのかもしれません。
織田信長が安土に城を築いた頃から、飯道山の山伏たちは信長の味方となって、陰で活躍しています。天正9年(1581年)10月9日、伊賀攻めの検分に赴く途中、信長は飯道山に泊まっています。

陰の流れ《愛洲移香斎》第一部・陰流天狗勝     飯道山の地図


修験道の開祖役行者その足跡に迫る  はじめての修験道  修験道に学ぶ  役行者  修験道  役小角読本  役行者と修験道
タグ:修験
posted by 酔雲 at 12:09| Comment(0) | TrackBack(2) | 戦国時代>修験の山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/27448274

この記事へのトラックバック

開設記念BLOG
Excerpt: 公開お知らせ
Weblog: 新規登録
Tracked: 2006-11-14 12:24

織田信長の機動能力は戦国ナンバー1
Excerpt: 織田信長という人物は桶狭間の戦いによる印象が強いため、迅速果敢で奇襲攻撃が得意と...
Weblog: 織田信長 年表 織田信長の年表と歴史と歩み…
Tracked: 2006-11-14 14:21