2012年05月04日

尚巴志(しょうはし)

尚巴志は沖縄の戦国時代を制して、沖縄を統一した英雄です。
1372年に沖縄本島南部の佐敷(南城市)で生まれています。その頃、日本は南北朝時代で、室町幕府の将軍は足利義満でした。
尚巴志の父親は苗代大親(なーしるうふや)、母親は美里之子(んざとぅぬしい)の娘です。父親の苗代大親はやがて佐敷按司(あじ)となり、尚巴志は21歳の時に家督を譲られて佐敷按司になります。
1402年、31歳の時に南部で勢力を持っていた島添大里(しましぃうふざと)按司を倒し、南部の東半分を勢力下に置きます。
1406年、35歳の時に中央で勢力を持つ浦添按司(中山王)を倒して本拠地を首里に移し、父親を中山王として明との冊封貿易を始めます。
1416年、45歳の時に北部に勢力を持つ今帰仁按司(北山王)を倒し、1421年、50歳の時に父親が亡くなって中山王となり、1429年、58歳の時に島尻大里按司(南山王)を倒して、沖縄本島を統一します。
1439年4月、68歳で波乱の生涯を閉じます。
以上が尚巴志の略歴ですが、詳しい事はよくわかりません。これだけの偉業を成し遂げたのに、有力な家臣たちの名前は記録には残っていません。わかっているのは軍師役の明人の懐機(かいき)と北山攻撃に加わった護佐丸くらいです。次々に強敵を倒して行ったのですから有能な家臣たちが何人もいたはずですが、まったくわかりません。
尚巴志の死の14年後の1453年、尚巴志の孫、尚志魯と息子の布里が家督争いを始めて、首里城は全焼してしまいます。その時に当時の記録はすべて燃えてしまったのかもしれません。また、1469年の金丸(尚円)のクーデターの時に第一尚氏の事績は抹殺されてしまったのかもしれません。





尚巴志伝


          

          


ラベル:琉球
posted by 酔雲 at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 琉球王国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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