2006年10月30日

松林蝙也斎

蝙也斎(へんやさい)は15歳の時に上州と信州の国境に聳える浅間山に籠もって、三年間の修行の後、夢想願流という独自の武術を編み出して、武者修行の旅に出ます。
時は慶長15年(1610)、戦国時代が終わりを告げようとしていた頃です。
30歳の頃は関東郡代を務める旗本の伊奈備前守のもとに居候して、剣術を教えていたようです。その後、江戸に出て道場を開き、50歳を過ぎて、仙台藩の伊達家に300石で召し抱えられます。
59歳の春には将軍家光の御前で剣術を披露して、家光に気に入られて大層、褒められます。その時、家光が「まるで、蝙蝠のようだ」と言った事から、それ以後、蝙也斎と号したようです。それ以前は、無雲と号していました。
蝙也斎の武術はとても人間業とは思えないほど、超人的なものでした。動きが素早くて、身が軽く、天狗の舞を見ているようだと言われます。同じ時代を生きた針ヶ谷夕雲が心法を重んじたのとは、まるで正反対の武術でした。
ただ強いだけではなく、人間的にもできていた人物のようで、人々から尊敬され、女性たちにも慕われていたようです。

陰の流れ外伝 針ヶ谷夕雲


秘剣影法師  蝙蝠の剣  剣の達人111人データファイル  日本剣豪列伝


ラベル:武芸者
posted by 酔雲 at 09:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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