2006年10月18日

春雨

茶の湯の名人、銭泡(善法)が腹をすかせて早雲庵にたどり着いた同じ頃、春雨という女芸人も誰もいなかった早雲庵に一夜の宿を求めました。
春雨は京都の四条河原の芸人の娘として生まれます。幼い頃から芸を仕込まれ、7歳の時に初舞台を踏みます。生まれもっての美貌もあって、16歳の頃には京都で一、二を争う踊り子だと持てはやされました。
19歳の時に応仁の乱が始まり、一座は京都を離れて旅回りに出ます。都から来た踊り子だと各地の大名たちに歓迎されて、いい気分でいましたが、京都の戦はいつになっても終わりません。旅から旅への毎日にも疲れ、春雨もいつしか二十の半ばを過ぎてしまいます。踊りには自信を持っていても、若さにはかないません。いつしか、主役の座を若い娘に奪われてしまいました。
駿府まで来た時、とうとう、一座のお頭と大喧嘩をして、飛び出してしまいます。必ず、誰かが迎えに来てくれるものと信じていたのに、誰も迎えには来ません。これからどうしようかと考えながらトボトボと歩いて、日が暮れてから小高い丘の上に立つ早雲庵にたどり着くのです。
早雲との出会いによって、春雨の人生は変わっていきます。僧侶である早雲に惹かれて、そのまま、早雲庵に腰を落ち着けてしまいます。ある日、早雲たちに踊りを披露して、喝采を浴び、とんとん拍子で、今川家のお嬢様の踊りの師範になってしまいます。
そして、早雲と一緒に今川家の家督争いに巻き込まれて、竜王丸(今川氏親)のために活躍します。

陰の流れ《愛洲移香斎》第三部・本願寺蓮如―17.早雲庵


近世歌舞伎舞踊作品(恋多き娘たち)
ラベル:戦国の女性
posted by 酔雲 at 12:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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