2006年10月07日

秀吉が憧れたカブキ者

豊臣秀吉が若かった頃、カブキ者というのが流行っていました。
人と変わった目立つ格好をして、奇抜な行動を取る事をカブくと言って、カブいている者をカブキ者と呼んでいました。
戦国乱世が生んだ一つの風潮で、明日の事はわからない、今がよければそれでいい。今を精一杯生きている証として、目立つ格好をして、人並み外れた行動を取っていました。
若い者たちはカブキ者と呼ばれる事を誇りにして、競って人と違う格好をしました。
髷をやたらと高くしたり、革でできた衣や袴を身につけたり、派手な模様の着物を着たり、三尺余りもある大太刀を腰に差したり、刀の柄を長くして、白や朱の組紐を巻き付けたり、それぞれが工夫を凝らして自己主張をしていました。
若き日の秀吉もそんな姿に憧れて、真似をしていましたが、さまにはならなかったようです。カブキ姿が最も似合ったのは織田信長でしょう。信長は生き方そのものがカブいていたと言えます。新しいモノにはすぐに飛びつき、それを完全に自分のモノにしていました。派手な催し物が好きで、年中、人々を驚かしていました。華麗な安土城はカブキの象徴と言えます。
やがて、出雲のお国が現れて、舞台の上で、男装してカブキ者を演じて見せます。カブキ踊りと呼ばれて、大いに受けました。これが、歌舞伎の元祖だと言われています。徳川幕府の時代となって、風紀上よろしくないと女歌舞伎は禁止され、歌舞伎は男の世界になってしまいました。

藤吉郎伝―若き日の豊臣秀吉


能に憑かれた権力者  遊女歌舞伎  人間の美術(8)新装版


ラベル:歌舞伎 武将
posted by 酔雲 at 19:14| Comment(1) | TrackBack(1) | 戦国時代>文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして
よかったら相互リンクしてもらえないでしょうか?
私も秀吉は好きな武将の一人ですね〜
Posted by 対馬の守 at 2006年10月15日 03:21
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Tracked: 2006-10-08 06:22
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