2006年10月03日

今川義忠

駿河の国(静岡県)の守護大名、今川氏は足利将軍家の一族です。足利義氏の子、長氏が吉良姓を名乗って吉良氏の祖となり、長氏の次男、国氏が今川姓を名乗って今川氏の祖となります。国氏の孫の範国が駿河の守護となって、代々、駿河の守護職に就いています。
義忠は国氏から数えて8代目の当主で、26歳の時に家督を継ぎました。32歳の時、応仁の乱が起こり、東軍方として京都まで出陣します。この時、幕府政所執事を務めていた伊勢伊勢守の娘を嫁に貰って帰国します。その娘は伊勢守の養女で、伊勢新九郎の実の妹でした。
当時、幕府に仕えていた新九郎でしたが、幕府内の権力争いを目の当たりにして、武士の世界に嫌気がさします。刀を捨て、潔く頭を丸めると、早雲と号して放浪の旅に出ます。伊豆の国まで来て、妹に会おうか躊躇しますが、妹が子供を産んだと聞いて、一目でもいいから会おうと決心して駿府へ向かいます。駿府で妹に歓迎され、義忠にも歓迎されます。居心地がいいので、早雲は駿河に腰を落ち着けます。
早雲が気ままに暮らしていた四年目の春、遠江に出陣した義忠はちょっとした不注意で戦死してしまいます。跡継ぎの竜王丸はまだ6歳です。今川家中で家督争いが起き、妹のためにも竜王丸に跡を継がせなければならないと早雲の活躍が始まります。
もし、この時、義忠が戦死しなければ、早雲の登場はありませんでした。早雲は一禅僧として、竜王丸の成長を見守りながら平穏な一生を終えた事でしょう。関東の地を甲斐の武田氏、越後の上杉氏と争った小田原の北条氏は歴史上に存在しなかったと言えます。

陰の流れ《愛洲移香斎》第四部 早雲登場

 今川氏


戦国大名今川氏と領国支配  今川氏の研究  戦国今川氏  
ラベル:武将
posted by 酔雲 at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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