2006年09月27日

小野屋四代目女将、ナツメ

小田原北条家の御用商人「小野屋」の四代目の女将、ナツメは愛洲移香斎の孫で、風摩党の水軍の砦のある浦賀で生まれます。
16歳の時、兄と一緒に上野の国(群馬県)の草津の湯に行き、草津の領主の倅の湯本善太夫と出会います。お互いに惹かれ合って、将来の約束をしますが、運命のいたずらで、それはかないませんでした。
善太夫は次男だったので、宿屋の主人になるはずでしたが、父親と兄が戦死してしまい、急遽、湯本家の当主になる事に決まってしまいました。当主の嫁は然るべき武将から迎えなければならず、善太夫はナツメの事を諦めて、長野原城主の海野長門守の娘を嫁を迎えます。
ナツメの方も三代目の小野屋の女将が急死したため、跡を継がなければならなくなって、今までのような自由の身ではなくなります。まして、小野屋の女将を継いだら尼僧にならなくてはならず、嫁に行く事を諦めなければなりませんでした。ナツメは善太夫の事を胸の奥にしまって、商売一筋の人生に命を懸けます。
ナツメは北条の御用商人として草津に店を開いて、硫黄の取り引きを始め、善太夫に会いに草津にもよく行きました。
善太夫は草津温泉を守るために甲斐の武田信玄に仕えます。北条と武田が同盟を結んでいた時は、北条家の商人として出入りして、鉄砲を贈ったり、塩を贈ったりしていましたが、信玄が駿河の今川家を攻める事によって同盟が壊れて敵同士になってしまいました。それでも、ナツメは正体を隠して草津に行きました。善太夫の方も敵と知りながらもナツメを歓迎しました。
三年後、再び、武田と北条は同盟を結び、ナツメは堂々と草津に行って、善太夫と会う事ができるようになります。
しかし、それから2年余り後、長篠の合戦が起こります。善太夫が長篠に出陣した事を知らずに草津を訪れたナツメはその事を知って、不吉な予感がします。ナツメはすぐに長篠に向かいますが、間に合いませんでした。善太夫は戦死してしまいます。ナツメはようやく尼僧になる決心をして、善恵尼を名乗ります。

戦国草津温泉記・湯本善太夫

戦国草津温泉記・湯本三郎右衛門

 ナツメの略歴
ラベル:戦国の女性
posted by 酔雲 at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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