2006年08月13日

沖縄守備軍・第32軍

昭和19年3月、沖縄守備軍・第32軍が新設されます。それまでの沖縄は小規模な砲兵部隊がいくつか駐屯するだけの無防備状態でした。
その年の7月にサイパン島が玉砕すると、第32軍も強化されて、大陸(中国)から精鋭部隊が集まって来ます。司令官は渡辺中将から牛島中将に替わり、参謀長も北川少将から長少将に替わります。
原中将率いる第9師団(武部隊)、雨宮中将率いる第24師団(山部隊)、藤岡中将率いる第62師団(石部隊)、鈴木少将率いる独立混成44旅団(球18800部隊)、和田中将率いる第5砲兵隊(球9700部隊)が、沖縄本島に配置され、大田少将率いる海軍の沖縄方面根拠地隊も加わります。そして、納見中将率いる第28師団(豊部隊)が宮古島に、宮崎少将率いる独立混成45旅団が石垣島に、高田少将率いる独立混成第64旅団が奄美大島に配備されます。
住民を駆り集めて、各地で飛行場建設の突貫工事が行なわれますが、完成間近の10月10日の空襲で全滅してしまいます。さらに悪いことには、12月になって、第9師団が台湾に異動になってしまい、代わりの師団が来る事もなく、作戦を立て直さなければならなくなります。
第32軍の司令部は初め安里の養蚕試験場にありましたが、昭和20年1月に首里の師範学校付属国民学校に移転します。首里城の下には総延長1キロにも及ぶ司令部壕が掘られ、3月23日から始まる米軍との厳しい戦闘に突入して行きます。

沖縄二高女看護隊 チーコの青春


沖縄に死す  豪胆の人  沖縄悲遇の作戦  語り伝える沖縄(第3巻)


ラベル:沖縄戦
posted by 酔雲 at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和時代>戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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