2006年08月12日

沖縄の鉄道、ケービン

米軍が上陸した昭和20年の4月まで、沖縄には鉄道が走っていました。
軽便(けいべん)鉄道という小型の蒸気機関車で、那覇を基点に北は嘉手納まで、東は与那原まで、南は糸満まで走っていて、「ケービン」と呼ばれて親しまれていました。
大正3年(1914)、那覇から与那原までが開通し、大正11年に、那覇から嘉手納まで、大正12年に那覇から糸満までが開通します。およそ30年間、沖縄の人たちの足となって活躍しました。
現在、那覇駅の跡地はバスターミナルになっています。那覇を出た汽車は古波蔵駅で、与那原戦と嘉手納線に分かれます。嘉手納線は、与儀、安里、内間、城間、牧港、大謝名、真志喜、大山、北谷、桑江、平安山、野国の各駅を通って終点の嘉手納駅に行きます。
与那原線は古波蔵から真玉橋を通って、国場駅で糸満線と分かれ、一日橋、南風原、宮平、大里、そして、終点の与那原駅に着きます。
糸満線は国場から津嘉山、山川、喜屋武、稲嶺、屋宜原、東風平、世名城、高嶺、兼城、そして、終点の糸満駅です。
地方から那覇の学校に通っていた学生たちも利用していましたが、戦争が近づくにつれて、軍事専用になってしまいます。十・十空襲で、那覇駅は焼け落ちてしまいますが、すぐに復旧して、翌年の3月頃までは走っていました。やがて、艦砲弾や爆撃にやられて壊滅し、米軍に占領された後はバスの普及で、復活する事はありませんでした。
余談になりますが、大正15年から昭和37年まで、草津温泉と軽井沢を結んで「草軽電鉄」と呼ばれた軽便鉄道が走っていました。

沖縄二高女看護隊 チーコの青春


沖縄軽便鉄道は死せず  軽便鉄道


ラベル:軽便鉄道
posted by 酔雲 at 12:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 昭和時代>戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
歴史のレポートでケービンについて調べていたんです。

詳しい説明有難うございます!
Posted by れん at 2009年08月31日 18:49
お役に立てて、嬉しく思います。
Posted by 酔雲 at 2009年08月31日 19:08
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