2006年07月31日

小野屋の初代女将、松恵尼

松恵尼の本名は奈美といいます。伊勢の国にて関一族の小野信濃守の長女として生まれました。幼い頃より母親から薙刀を習い、素質があったのか見る見る上達します。
可愛い娘でしたが、成長するにしたがって、さらに美しくなり、16歳の時に伊勢の国司、北畠教具に見初められて、側室となります。教具は当時、27歳の武将で、歳は少し離れていますが、奈美としても嫌いではなかったようです。
翌年、奈美は教具の子供を産みますが、残念ながら死産してしまいます。その年の秋には父親が戦死してしまいます。教具には愛されましたが、側室が何人もいて、嫌がらせなども多かったようです。
翌年の春、奈美は覚悟を決めて、教具の許を去ります。
実家に戻っても、父親が戦死したため、肩身の狭いを思いをして、母親と一緒に母親の実家がある甲賀に移ります。教具は何度も戻って来いと言いますが、奈美は断って、尼僧になって花養院に入ってしまいます。
奈美が松恵尼になった頃、飯道山に風眼坊、高林坊、火乱坊、栄意坊の四天王と呼ばれる山伏たちが来て、若い者たちに武術を教え始めます。風眼坊が松恵尼に一目惚れをするのはこの頃です。
22歳の時、北畠教具に頼まれて、2歳だった楓を預かり、育てる事になります。23歳の頃、「小野屋」と号して、商売を始めます。商売をしながら各地の情報を集めて、教具に知らせるという裏の仕事も始めるのです。
小野屋の本店は北畠氏の本拠地、多気の城下にあって、檜物や白粉、布などを扱っています。二年後には伊勢安濃津に支店を開いて、塩や海産物の取り引きも始めます。さらに二年後には奈良に支店を出して、刀剣類、鋳物、お茶も扱い、その翌年には伊賀上野にも支店を出して、陶器やお茶を扱います。
初めの頃は取り引きに失敗したりしますが、北畠教具が後ろ盾になって助けてくれるので、「小野屋」はどんどん大きくなって行きました。そして、やがては小田原北条氏の御用商人となって行くわけです。
とは言っても、松恵尼は私が創作した人物です。実際に北条家の御用商人に「小野屋」がいたかどうかはさだかではありません。

 松恵尼の略歴

陰の流れ《愛洲移香斎》
ラベル:戦国の女性
posted by 酔雲 at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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