2006年06月03日

辰巳芸者の夢吉

江戸城の辰巳の方角にあったので、辰巳と呼ばれた深川は岡場所(非公認の遊里)として賑わっていました。粋な芸者衆がいた事で有名で、公認の吉原遊廓に対抗していました。吉原は色々なしきたりがあって面倒なので、気楽に遊べる深川を好む通人も多かったようです。
為永春水の人情本「春色梅暦」は当時の深川を舞台に、芸者たちの色恋を面白く書いています。ちなみに、若き日の為永春水は越前屋長次郎と名乗っていて、『草津温泉膝栗毛・冗談しっこなし』に登場します。
夢吉の本名は卯月(うづき)といい、父親は浮世絵師の勝川春輝、母親は商家の娘です。二人は駆け落ちして深川の裏長屋に住みます。夢吉が5歳の時、父親は病死し、母親は料理屋に女中奉公に出ます。
夢吉は15歳で鶴屋に奉公に出て、17歳の時、芸者として座敷に出ます。持ち前の美貌で、翌年にはもう売れっ子芸者として持てはやされます。
19歳の時、歌麿の美人絵に描かれて、さらに有名になります。この頃、月麿と出会い、月麿に惚れられます。
21歳の時、母親が倒れてしまい、看病するために、仕方なく相模屋の妾になります。
24歳の時、母親も亡くなり、翌年には火事で相模屋が焼けてしまいます。
夢吉は江戸を去る決心をして、かつての芸者仲間に呼ばれて草津温泉へと向かうわけです。すべてを失い、再出発のつもりでした。まさか、月麿が後を追って来るなんて夢にも思っていませんでした。


 春色梅暦(上)

『草津温泉膝栗毛』のあらすじ

草津温泉膝栗毛・冗談しっこなし


辰巳八景  大江戸妖美伝  考証江戸を歩く


posted by 酔雲 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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