2006年04月27日

石川五右衛門

大盗賊の石川五右衛門が実在して、釜茹での刑にあったのは事実です。しかし、どんな人物だったのかは定かではありません。
盗賊だったからには一流の忍びの術を心得ている者に違いないと思われ、伊賀にある石川村の出身なのだろうと言われています。
何を盗もうとして捕まったのかわかりませんが、時の権力者、豊臣秀吉に反抗した事は確かでしょう。そうでなければ、見せしめのような派手な処刑は行なわれなかったでしょう。
私は五右衛門は秀吉の陰の存在だったのではないかと疑っています。北条氏と風摩小太郎のような関係です。秀吉が出世する裏で、五右衛門が活躍していたのではないでしょうか。汚い事はすべて五右衛門が引き受けて、秀吉を助けていたのです。そうでなければ、あれだけの短期間で、あれほど出世するのは難しいように思います。
織田信長を殺した明智光秀を倒すまでは、二人の関係はうまく行っていましたが、天下人となった秀吉の好き勝手な振る舞いに腹を立てた五右衛門は秀吉と対立します。
秀吉としてはすべてを知っている五右衛門を生かしておくわけには行かず、捕らえて、大盗賊として処刑したのではないでしょうか。闇に葬るのではなく、公開処刑にしたのは、長年の恩に対する秀吉なりの思いやりだったのかもしれません。後世に五右衛門の名を残すために。

時は今‥‥石川五右衛門伝


石川五右衛門  石川五右衛門(上)  忍びの者(1)  忍法秘巻新装  太閤暗殺
ラベル:忍びの者
posted by 酔雲 at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国時代>人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック