2009年07月19日

捕虜になるぐらいなら死んだ方が‥‥‥

沖縄二高女看護隊・チーコの青春 第3部―14.捕虜」より捕虜になるぐらいなら死んだ方が‥‥‥


 千恵子は岩陰から外を見た。敵の姿は見えなかった。西の方の岩陰からパーンという爆発音がして、小さな煙が立ち登った。誰かが手榴弾で自決したようだった。ダダダダダと自動小銃の音も聞こえて来た。手榴弾の炸裂する音も次々に聞こえて来た。敵に捕まるよりも潔く自決しているのだった。

 千恵子たちも自決したかった。でも手榴弾はない。どうしようとおろおろしていると西の方に自動小銃を手にしたアメリカ兵の姿が見えた。

 鬼のように大きかった。赤い顔をしていた。黒い顔をした怪物のようなのもいた。恐ろしい鬼が十数人も近づいて来た。

「デテコイ、デテコイ」とアメリカ兵は言いながら、返事がないと容赦なく自動小銃を撃っていた。悲鳴が聞こえ、「撃たないでくれ」と叫びながら避難民たちが手を上げて出て行った。

「向こうからも来た」とトミが東の方を示した。

 四人のアメリカ兵が見えた。五、六人の避難民が両手を上げて投降していた。前からも後ろからもアメリカ兵が迫って来ていた。もう逃げ場はなかった。

「顔を汚すのよ」と悦子が言った。

 岩陰にあった濡れた泥を千恵子たちは競って顔に塗り付けた。

「デテコイ、デテコイ」と言いながらアメリカ兵は近づいて来た。自動小銃の音が響いて、悲鳴が聞こえ、手榴弾の音もあちこちから聞こえて来た。

 隣にいた兵隊たちも、「大日本帝国、万歳!」と叫びながら自決した。硝煙(しょうえん)の臭いが漂って来た。

 突然、二人の兵隊が千恵子たちの所に逃げ込んで来た。一人の兵隊が手榴弾を持っていた。神の助けだと千恵子たちは手榴弾を見つめた。

「捕虜(ほりょ)になるぐらいなら死んだ方がいい。一緒に死ぬか」と兵隊が言った。

 千恵子たちはうなづいた。

 たった一つの手榴弾で八人も死ねるのだろうかと心配だったが、後は、運を天に任せるしかなかった。千恵子たちは丸くなって一つの手榴弾を囲んだ。

 兵隊が安全ピンを抜いて、皆の顔を見回した。

 いよいよ、死ぬ時が来た。敵に捕まる事なく死ねるのが嬉しかった。ただ、ここで死んだという事を家族に知らせる事ができないのが残念だった。

「行くぞ」と言って、兵隊は手榴弾の飛び出た所を岩に叩きつけた。

 一瞬の内に吹き飛ぶはずだった。でも、手榴弾はカチッと音がしただけだった。兵隊はもう一度、岩にぶつけた。手榴弾は不発だった。

「くそっ」と言って兵隊は手榴弾を投げ捨てた。やはり爆発はしなかった。

 アメリカ兵はすぐ側まで迫って来ていた。

「もう終わりだ」と二人の兵隊は軍服を脱ぐと両手を上げて出て行った。

「何よ、もう」とトヨ子が言って、気が抜けたように座り込んだ。

 千恵子は首筋の汗を拭いた。緊張したせいか汗びっしょりだった。もう何も考えられなかった。

「どうするの」と悦子が聞いた。

「もういい」とトヨ子は言った。「どうせ死ぬんだから、捕虜になって、みんなと一緒に死のう」

 千恵子たちはうなづいて、両手を上げて出て行った。悦子が乾パンの袋を広げて白旗代わりにして先頭に立った。

 海岸に、自動小銃を持ったアメリカ兵に囲まれて十数人の避難民がいた。

 千恵子たちも自動小銃を持った鬼のようなアメリカ兵に囲まれた。敵に捕まってしまった自分たちが情けなかった。途中で亡くなった留美が羨ましかった。留美はこんな悔しい思いをしなくてもよかった。

 アメリカ兵は捕まえた避難民たちの持ち物を調べていた。

 隙(すき)があったら、海に飛び込んででも死のうと思いながら千恵子は呆然と立っていた。


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posted by 酔雲 at 09:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 小説の中の衝撃的な場面 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日中朝韓の国民の共通の敵は自国に巣食う軍需経済である。
日中、及び朝韓の貧乏国民が煽られ、あおられて敵対する理由などどこにもない。
2009年 2月1日「突然」海上保安庁が尖閣諸島周辺の監視態勢強化のためと「突然」称して、ヘリコプター搭載(PHL型)の大型巡視船の常駐化を強行した。
日本軍部による中国への軍事挑発が準備されたのである。
http://esashib.hp.infoseek.co.jp/ozawa01.htm
2010年9月、
普天間で燃え上がった沖縄基地撤去の民意を圧殺し、
「政権交代」という国民意志を叩き潰すために、沖縄海保巡視艇による中国貧乏トロール漁船襲撃が決行された。
国民の反軍闘争には領土紛争の捏造によって国家間憎悪を作り上げていくという日本の歴史上繰り返し行われてきた醜悪な方法が行使されたのだ。

http://critic6.blog63.fc2.com/blog-entry-40.html
調べてみて愕然とした。
今度の西松事件の捜査と小沢秘書逮捕の一件は、官邸の漆間巌と検察の大林宏の二人の連
携作業なのではないか。
今の日本は、外形は違うが中身は戦前の大日本帝国と同じになっていて、
過激な右翼のイデオロギーを内面化したチンピラ右翼が権力機構の頂点に立ち、彼らの理
想と目標に従って統治が行われている右翼官僚国家である。
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/mondai/gyakusatu.html
Posted by do at 2010年10月12日 21:31
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