2009年06月11日

傷口から蛆虫が‥‥

沖縄二高女看護隊・チーコの青春 第2部―17.蛆虫」より傷口から蛆虫が‥‥


 千恵子が患者さんのおしっこを取って汚物入れの所に戻って来ると、一番奥の下段に寝ている山内一等兵が、「痛え、痛えよう」と騒いでいた。

 第六外科が新設された日に入院した古い患者さんで、両足に重傷を負って右足は切断され、胸部にも重傷を負っていた。最初の頃は唸っているばかりで食事も取れない状態だったが、少しづつ快方に向かって、胸部の傷は大分よくなり、食事も取れるようになっていた。

「その人、昨夜も痛い、痛いって、ずっと騒いでたのよ」と悦子が言った。「仕方ないから古堅さんが痛み止めの注射を打って、やっと静かになったんだけど、薬が切れちゃったみたいね」

 薬品不足は深刻で、化膿止めや痛み止めの注射も以前のようには打てなくなっていた。初めの頃は千恵子たちが薬剤室に行けば、はいはいと言って薬をくれたのに、患者さんが増えるに従って、難しい手続きが必要になり、正看護婦が行かなければどうにもならなくなっていた。痛み止めの注射を打ってやりたいけど、古堅看護婦が出勤して来る夕方まで待ってもらうしかなかった。

 我慢して下さいと頼んでも無駄だった。痛い痛いと喚き続け、回りの患者さんたちも怒って、早く、静かにさせろと怒鳴った。

「古波蔵さんに頼もうか」と悦子が言った。

「そんな、駄目よ。第六外科の患者さんの事をよその看護婦さんに相談したら、古堅さんの面目丸つぶれになっちゃうわ。二人で何とかしなくちゃ」

「そんな事言ったって、どうするのよ」

「治療班は今日来るかしら」

「まだじゃないの。明日か明後日(あさって)じゃない」

 千恵子が痛い場所を聞くと、切断した右足ではなくて、左足の方だった。包帯を巻いた左足のふくら脛(はぎ)に耐えられない程の激痛が走るという。とにかく、包帯を解いてくれと言うので、千恵子は悦子とうなづき合ってから包帯を解き始めた。包帯を解いて傷口を消毒すれば痛みもいくらか和らぐだろうと思った。

 包帯を解きながら千恵子は変な音を耳にしていた。ガサガサというか、ギジギシというか、時々、ネズミが現れるので、ネズミが柱でもかじっているのかと思ったが、どうも、包帯の中から聞こえて来るような気がした。ランプを近づけて見たけど、膿で汚れているだけでよくわからなかった。

「どうしたの」と悦子が聞いた。

「ねえ、変な音がしない」と聞いたが、悦子は「気のせいよ」と言って、他の患者さんの方へ行ってしまった。

 包帯を解くにしたがって悪臭がプーンと鼻をつくが、もう慣れて、我慢できるようになっていた。包帯を外し、膿に濡れたガーゼをはがすと、艦砲の破片にやられた傷口が現れた。と同時に傷口からポロリと何かが、千恵子の手の上に落ちて来た。何げなく、それを見た千恵子はゾッとした。蛆虫(うじむし)が手の上を這っていた。千恵子は軽い悲鳴を挙げて、蛆虫を払い落とした。

 どうして、こんな所に蛆虫がいるんだろうと思いながら、ランプを近づけて傷口を見た。傷口の肉が白く盛り上がっていた。この前、治療班が来た時はこんな風ではなかったような気がする。おかしいと思いながら傷口を見ていたら、その傷口が動いていた。さっきから気になっていた変な音もそこから聞こえて来た。蛆虫が傷口に群がっていたのだった。千恵子は思わず、悲鳴を挙げて、その場から走り去った。

 悦子が、「どうしたのよ、ねえ、どこに行くのよ」と言いながら追って来た。

 千恵子は無意識のうちに第十外科に行って、古波蔵看護婦を頼っていた。血相を変えて飛び込んで来た千恵子に古波蔵看護婦は驚き、「一体、どうしたのよ。また、下痢になったの」と聞いて来た。

 千恵子は荒い息をしながら首を振った。

「蛆が出たんです。患者さんの傷口に蛆虫がいっぱいいるんです」

 古波蔵看護婦は冷静な顔をしてうなづいた。

「とうとう第六にも出て来たのね。昨日、第四の患者さんから見つかったのよ。毎日、包帯を交換していれば、蛆なんてわかないんだけどね、仕方ないわよ。蛆は膿やバイ菌を食べてくれるので傷が早く治る場合もあるんだけど、肉や皮も食べるからひどい痛みがあるのよ。消毒したガーゼで払い落としてやってちょうだい」

 悦子は古堅看護婦から蛆虫の取り方を聞いていた。千恵子にも教えてやれと言われていたけど、まさか、生きている人間に蛆がわくなんて考えられなかったので、言うのを忘れてしまったという。

 第六外科に戻ると、「早く、そいつを何とかしてくれ」と山内一等兵は騒いでいた。足を動かしたのか、傷口にあふれていた蛆虫は毛布の上に落ちて蠢(うごめ)いていた。

 千恵子は慌てた事を謝って、悦子が用意してくれたピンセットに消毒したガーゼを挟み、リゾール液の原液を入れた膿盆(のうぼん)代わりの空き缶の中に、傷口で蠢く蛆虫を掃き出した。コロコロと太った蛆虫は傷口の奥の方まで食らい付いていた。見ているだけで気持ち悪く、全身に鳥肌が立っていたけど、千恵子は必死になって蛆虫と格闘した。驚く程、多くの蛆虫がいて、空き缶から溢れ出そうだった。悦子に渡そうとしたら、いなかった。気持ち悪いと言いながら見ていたけど、耐えられなくて逃げてしまったようだ。

「まったく、もう。あたし一人にこんな事させて」千恵子はブツブツ文句を言いながら、死んだ蛆虫を汚物入れに捨てた。

「もう大丈夫ですよ」と千恵子は笑顔を見せて、傷口を綺麗に消毒してから新しいガーゼで塞ぎ、包帯を巻いた。包帯は汚れていたけど、山内一等兵はホッとした顔をして、嬉しそうに笑った。


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posted by 酔雲 at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説の中の衝撃的な場面 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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