おつたに連れられて、マリアと勘八は安土の北東にある霊仙山(りょうせんざん)の山中へと入って行った。
「ネエ、どこ、行くの?」と薄暗い山道を見上げながら、マリアが聞いた。
「お頭の所に決まってるでしょ」とおつたはサッサと山道を登って行った。
「どうして、五右衛門様はこんな山の中にいるの?」
「盗っ人が町中にいるわけないでしょ」
おつたの言う事はもっともだが、マリアは何となく不安になっていた。
「奴に捕まったら、終わりじゃ、ヒッヒッヒ」と言った夢遊の言葉が思い出された。
盗賊一味の荒くれ男どもに囲まれて、乱暴されるのではないかと恐ろしくなった。
マリアは急に足を止めると、後ろから来る勘八を振り返った。
「大丈夫だよ」と勘八は自信ありげに言ったが、勘八一人で盗賊を相手に逃げられるとは思えなかった。
「お前の事は俺が命懸けで守る。それに、石川五右衛門はお前の親父さんの事を知ってるんだろ。大丈夫だよ」
「そうネ、大丈夫よネ」とマリアは自分に言い聞かせた。
勘八はマリアの手を引くと、おつたの後を追って行った。
道がなくなっても、おつたは草をかき分けて、どんどん登って行った。
ここまで来たら、もうどこまでも付いて行ってやるとマリアは覚悟を決め、汗を拭きながら後を追った。
途中、危険な岩場があった。おつたは身が軽く、ヒョイヒョイと岩をよじ登って行った。マリアは負けるものかと必死になって岩にしがみついた。
「あんた、なかなか、やるじゃない」とおつたは笑った。
「五右衛門様に会うためなら、こんな事くらい‥‥‥」マリアは額の汗を拭うと岩壁を見上げた。
「もうすぐよ」
岩場を抜けると後は比較的平坦な道が続いた。しばらく行くと鬱蒼(うっそう)とした木立の中に、空堀と土塁に囲まれた砦が現れた。まさに、大盗賊、石川五右衛門の砦を思わせる不気味さが漂っていた。
「この中に、五右衛門様がいるのネ」とマリアはポツリとつぶやいた。
おつたが門の前で、「ピピッピ、ピーピー」と口笛を鳴らすと、土塁の上に若い男が顔を出し、「おつたか?」と聞いてきた。
「お土産、持って来たわ」とおつたは言った。
「よくやった」と若い男はマリアをチラッと見てから消えた。
しばらくして、分厚い門扉(もんぴ)が開いた。
土塁に囲まれた中は以外に広く、若者たちが武術の稽古に励んでいた。
土塁から顔を出した男が、「おつた、お頭が待ってる」と言って、右側にある屋敷を顎(あご)で示した。
その男は猟師の格好をして鉄砲を持ち、ニヤニヤしながら、マリアを眺めていた。
おつたはうなづき、マリアと勘八を屋敷に案内した。
屋敷の中は薄暗く、奥の部屋に人影が見えた。
おつたはマリアと勘八を手前の部屋に座らせると、奥の人影に声を掛けた。
「あれが五右衛門様なの?」とマリアは人影をジッと見つめた。
黒っぽい帷子(かたびら)を着て、文机(ふづくえ)に向かっているようだった。後ろ姿は逞しく、マリアが想像していた通りの五右衛門だった。
「おう、無事じゃったか?」と低い声で言うと五右衛門はゆっくりと振り返った。
期待と不安に揺れながら、マリアは五右衛門の顔を見つめた。その顔を見て、今にも悲鳴を上げそうになる程、驚いた。
ラベル:時は今‥‥
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