2009年05月02日

石川五右衛門誕生

藤吉郎伝―若き日の豊臣秀吉 13.初心」より石川五右衛門誕生

松下屋敷の奉公をやめて尾張に帰った藤吉郎は、駿河で知り合った五助を連れて、生駒八右衛門の屋敷に居候します。幼い頃の夢を思い出して京都に行こうと決心した藤吉郎に、俺は世直しをやるんだと五助は主張します。


「そうさ。ここに来て、ようやく俺のやるべき事がわかったんだ」と五助は藤吉郎に言った。

「へえ、よかったじゃねえか。しかし、盗っ人じゃなあ」と藤吉郎は首を振る。

「盗っ人じゃねえ、世直しだ。よく聞けよ、駿河も遠江も今川家の領国だ」

「そんな事は知ってる」

「まあ、聞け。駿河も遠江もここのように戦はねえ。ここも誰かが一つにまとめれば戦はなくなるだろう。それは侍の仕事だ。おめえがやればいい。俺は侍には向いてねえ」

「だから、盗っ人になるのか」

「違う。おめえも見ただろ、駿河は戦はねえ。戦はねえが貧しい者たちは大勢いる。やつらは好き好んで貧しいわけじゃねえ。必死で仕事口を捜している者も多い。しかし、仕事なんかねえ。そんな奴らがドブ臭え所に固まって乞食のように生きている。かと思えば、贅沢の限りを尽くしている者もいる。おかしいとは思わねえか。どこかが狂ってるんだ。俺は銭を持ってる悪人から銭を奪って、困っている人たちを助けてやろうと決めたんだ」

「確かに、今の世はどっかが狂ってる。強盗に人殺し、手籠めも日常茶飯事だ。おめえの言う事も一理あるが、そんな事をしたら侍を敵に回す事になるぞ」

「ところがそうじゃねえんだ。侍どもは戦に明け暮れてる。どんな侍にも必ず、敵がいる。例えば、今、清須と那古野は敵同士だ。俺が清須で悪さをすれば、那古野の上総介(信長)は喜ぶというわけだ。那古野に逃げ込めば捕まる事はあるめえ」

「そんなうまえ具合に行けばいいがな」

「最初から大物は狙わねえ。大物を狙うにはそれなりの準備が必要だからな。仲間も集めなけりゃなんねえ。まずは小悪党をやっつけてやるさ」

「あまり賛成はできねえが、おめえが決めたんだからな。しかし、どうして、ここに来て、そんな事を思いついたんだ。まさか、生駒様があくどい事をしてるわけじゃねえだろうな」

「生駒様は違うさ。八右衛門殿から話を聞いたんだよ。汚え事をして稼いでる商人が増えて来たってな。その話を聞いて俺は許せねえと思ったんだ」

「成程な」

「ところでな、話は変わるが俺は名前を変える事にした」

「何だと」

「五助じゃ何となく安っぺえからな。八右衛門殿と同じように右衛門を名乗る事にした。これからは五右衛門(ごえもん)と呼んでくれ。石川村の五右衛門で石川五右衛門だ。どうだ、なかなか強そうな名前だろう」

「石川五右衛門だと。どう見ても五右衛門ていう面じゃねえな。五助の方が似合う」

「うるせえ。もう決めたんだ。今から五右衛門と呼べ、いいな」

「わかったよ」

 キャーキャー笑いながら、女たちが帰って来た。

「おい、おナツ、俺は今日から五右衛門だからな、五助じゃねえぞ」

 おナツは五助が何の事を言っているのかわからず、きょとんとしていた。おきた観音がケラケラ笑いながら、五助を指さし、「ゴスケー」と叫んだ。

 藤吉郎は思わず吹き出した。

「おい、おきたがおめえの名前を覚えたぞ、よかったな」

「うるせえ、五助じゃねえ、五右衛門だ」

 五助はおきた観音に向かって、何度も五右衛門だと言って聞かせたが、おきた観音は、「ゴスケー、ゴスケー」と言うばかりだった。


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posted by 酔雲 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説の中の名場面 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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