2009年04月26日

善太夫とナツメ、3年振りの再会

戦国草津温泉記・湯本善太夫 4.雷鳴」より善太夫とナツメの3年振りの再会


 うっとおしい梅雨が過ぎて、夏真っ盛りの頃だった。

 箕輪の城下から来た武士の一行を見送って、一息ついていた頃、突然、『小野屋』の孫太郎が妹のナツメと一緒に山程の土産を持ってやって来た。

 善太夫は北条方の商人である『小野屋』を宿に泊めていいものか迷ったが、孫太郎が伊勢の国から久々に関東にやって来たと言ったので、その事は知らない振りをして、いつもの馴染み客として迎える事にした。また、ナツメの笑顔を見て、断れるわけもなかった。

 三年振りの再会だった。

 冬になる度に、ナツメを捜しに旅に出掛けたが会う事はできなかった。縁がなかったのかと、半ば諦めかけている時だった。やはり、縁はあったのだと善太夫は飛び上がらんばかりの嬉しさだった。

 三年振りに見るナツメはもう一人前の女といえた。眩(まぶ)し過ぎる程、美しく、その笑顔に見つめられると、初めて会った時のように胸が高鳴るのを感じていた。

 前回と同じように奥の座敷に案内すると、孫太郎は戦死した父親と叔父のお悔やみを述べた後、改まって頼みがあると言った。

「そなたでなくてはできん事だ」と孫太郎は真剣な顔で善太夫を見つめた。

 隣でナツメもお願いしますと頭を下げた。

「わたしに頼みとは?」と善太夫はナツメから孫太郎に目を移すと聞いた。

「まず、小野屋の事だが、小野屋が北条氏と取り引きしている事は、そなたも存じておろう。うちが取り引きをしている武士は北条氏だけではないが、世間では北条氏の御用商人のように思っているようだ。その事については別に否定はせん。小野屋と北条氏との付き合いは古いからな。そこで問題が起きたんだ」

 孫太郎はそこで話をやめ、庭の方に目をやった。庭では番頭が水を撒いていた。

「そなた、愛洲移香斎(いこうさい)殿を御存じだな」と孫太郎は聞いた。

「陰流(かげりゅう)の?」と善太夫は聞き返した。

 孫太郎はうなづいた。「その移香斎殿と北条氏との関係を御存じかな」

「いいえ、知りませんが」

「そうか。北条氏の初代に早雲寺(そううんじ)殿というお方がおられた。その早雲寺殿と移香斎殿は応仁の乱の頃、出会い、その後も友として付き合っていたそうじゃ。二代目の春松院(しゅんしょういん)殿(氏綱)は移香斎殿より直々に陰流を習っておられた。三代目の今のお屋形様(氏康)も直々ではないが陰流を習っておられる。お屋形様が陰流を身に付けておられるので北条家中では陰流をやっている武士は多い。また、移香斎殿の御子息も北条氏に仕えておられた。今は孫の代になっているがの」

「移香斎殿も北条氏に仕えておられたのですか」

「いや、移香斎殿は誰にも仕えてはおらん。初代早雲寺殿にとっては、掛け替えのない友であり、二代目春松院殿にとっては師匠であり、大事なお客人であったお人じゃ」

「そうだったのですか‥‥‥」

「うむ‥‥‥春松院殿は移香斎殿を小田原に迎えようとした。しかし、移香斎殿はお断りになって、名前を隠して、この地に住み、ここでお亡くなりになられた。移香斎殿は晩年、武芸を捨てて、かったい(癩病(らいびょう)患者)たちの治療に専念しておられた。大したお人じゃった」

「はい。その話は伺(うかが)っております」

「それと、もう一つ、移香斎殿がこの地でやっていた事があったんじゃ」

「もう一つ?」

「ああ。玉薬(たまぐすり)(火薬)の研究だ」

「玉薬?」

「そなたは鉄砲というものを御存じか」

「鉄砲? 河越の合戦の時、北条方が使ったという?」

「そうだ」

「見た事はありません。何でも、雷(かみなり)のような物凄い音のする武器だとか噂で聞いております」

「うむ。まあ、そんなような物だ。五年程前、薩摩(さつま)の国の種子島(たねがしま)に南蛮人(なんばんじん)が渡来した」

「南蛮人?」

「明(みん)の国(中国)より、もっと遠い、海の向こうから、やって来た人だ。顔形も言葉も我々とまるで違う人たちだ」

「薩摩の国(鹿児島県)に来たのですか」

「来たというより、台風にやられて種子島に流されたらしい。その南蛮人が最新式の鉄砲を持っていた。河越の合戦で北条氏が使ったのは、この種子島の鉄砲ではない。明の国から伝わった、もっと古い型の鉄砲だ。明の鉄砲はろくに玉があたらん。玉はあたらんが威(おど)しには使える。河越の時がいい例だ。敵は鉄砲の音に慌てふためいて、戦意を失い逃げ惑(まど)った。ところが、種子島の鉄砲は玉がちゃんと当たる」

「玉が当たる? 鉄砲とは玉が出るものなのですか」

 孫太郎はニヤッと笑うと、かたわらに置いてあった長い袋を手に持って、中身を出した。善太夫はてっきり、太刀でも出すのかと身を引いたが、中から出て来たのは、見た事もない鉄と木でできた杖(つえ)のような物だった。

「これが種子島の鉄砲だ」

 孫太郎はその鉄砲を善太夫に渡した。

 善太夫は手に取ってみたが、こんな物からどうやって雷のような音がするのか不思議だった。玉も出ると言っていたが、玉が出たからといってどうなるのか、まったく見当も付かなかった。


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posted by 酔雲 at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説の中の名場面 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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