2009年04月16日

善太夫とナツメ、運命の出逢い

戦国草津温泉記・湯本善太夫 2.ナツメ」より善太夫とナツメの出逢い



 夏の終わりの頃だった。

 瑞光坊(ずいこうぼう、後の善太夫)は光泉寺の門前に立つ市からの帰り、湯治客を眺めながら、のんびりと歩いていた。

 草津には様々な客が訪れた。

 きらびやかに着飾った身分の高いお公家(くげ)さんや僧侶。

 偉そうな髭(ひげ)をたくわえて、槍や薙刀(なぎなた)をかついだ、いかつい顔をした武士。

 旅なれた山伏や遊行聖(ゆぎょうひじり)。山伏は真言(しんごん)を唱え、遊行聖は念仏を唱えながら歩いている。

 あちこちから流れて来る遊女や乞食(こじき)、旅芸人。鮮やかな着物に身を包んだ天女のように美しい遊女もいれば、乞食同然のボロをまとったお化けのような遊女もいる。

 時には武家の奥方が立派な輿(こし)に乗って、大勢の侍女(じじょ)を引き連れてやって来る事もある。

 身分も着ている物も様々だったが、草津に来ると皆、平等になったかのように、裸になって湯に入った。

 広小路には、御座(ござ)の湯、綿(わた)の湯、脚気(かっけ)の湯、滝の湯と四つの湯小屋があるが、ほとんど、回りから丸見えだった。勿論、男女混浴で、皆、草津に来た解放感からか、何の抵抗もなく裸になっている。中には、湯から出て素っ裸のまま、広小路を歩いている者もいるが、誰も気にも止めない。

 草津は不思議な所だった。

 瑞光坊は初めて草津に来た時、裸の人たちを見て驚いたが、それよりも、色々な種類の人がいる事の方がもっと驚きだった。小雨村にいた頃、見た事もない違う種類の人々が草津には大勢いた。噂に聞く都とは、こういう所なのかと驚いていた。

 草津は山の中の小さな村だったが、都とは言えないまでも、一種独特の華やかさを持った町だった。

 いつものように、湯池(湯畑)に湯煙が立ち昇り、硫黄(いおう)の臭いが鼻を突く。

 いつものように、滝の湯には大勢の者が湯を浴びていた。

 道行く男たちが足を止めて、ニヤニヤしながら湯小屋を眺めている。

 毎日、この時刻になると、仕事前の遊女たちが大勢、湯を浴びにやって来ていた。

 遊女たちは見られているのを承知で、キャーキャー言いながら誇らしげに体を見せびらかしている。

 初めて、この光景を目にした時、瑞光坊は驚き、まるで極楽のような所だと、毎日のように眺めに来たものだった。最近はその光景にも慣れ、遊女たちとも顔見知りになったため、わざわざ、眺めに来る事もなくなったが、いつ見ても、いい眺めだと思った。

 瑞光坊が眺めていると遊女の一人が瑞光坊に向かって、「若様!」と叫んで、両手を振った。

 他の遊女たちも、「キャー、若様!」と身を乗り出して手を振っている。

 回りの男たちが、瑞光坊を見ながら囃(はや)し立てた。

 瑞光坊は軽く手を上げて答えると、その場を離れようとした。

 ところが、瑞光坊の目は遊女たちの後ろで、滝を浴びている一人の少女の裸身に釘(くぎ)付けになってしまった。この辺りでは見た事もない程、綺麗な娘だった。

 長い黒髪を両手でかき上げながら、湯の滝を浴びている。すらっとした体はまだ幼いが、やけに眩(まぶ)しく、見ているだけで胸がドキドキして来るのを感じていた。

 遊女たちが何かを言っていたが、そんなのは何も聞こえず、少女をじっと見つめていた。

 突然、少女の姿が見えなくなった。

 瑞光坊は市場で買った野菜も忘れ、やじ馬たちをかき分けて、滝の湯の入り口まで行ってみた。しかし、すでに、その少女の姿はなかった。まだ、近くにいるはずだと、広小路中捜してみたが見つからなかった。

 瑞光坊は肩を落として飄雲庵(ひょううんあん)に帰り、野菜を忘れた事を円覚坊に怒られた。

 次の日から、瑞光坊は毎日のように、その少女を捜し回った。

 地元の者ではない事は確かだった。湯治客に違いない。湯治客なら、どこかの宿に泊まっているはずだ。十二、三歳の少女がそんなにもいるはずはない。きっと見つかるはずだと思ったが、なかなか見つからなかった。裸の姿しか見ていないので、どんな身分の娘か分からない。身分が分かれば、それ相当の宿を捜せばいいが、それが分からないから大変だった。

 この前と同じ時間に滝の湯に行けば会えるだろうと行ってみたが、見つける事はできなかった。遊女たちに聞いても、そんな娘は知らないという。三日間、捜し回って見つからず、もう帰ってしまったのだろうと諦めざるを得なかった。


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posted by 酔雲 at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説の中の名場面 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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