夢庵がのっそりと入って来た。
「わかったぞ」と太郎と金比羅坊を見ながら言った。「えらい事が隠してあったわ」
夢庵は太郎と金比羅坊の側に座り込むと、巻物を広げた。太郎と金比羅坊は、連歌の書かれた巻物を眺めた。夢庵は、この中に謎が隠されていると言うが、二人にはまったく、わからなかった。
「連歌において一番重要なのは、この初めにある発句(ほっく)と言う奴じゃ」と夢庵は言った。
「発句?」と太郎は聞いた。
「この最初の句じゃ」と夢庵は最初にある性具(しょうぐ)入道(赤松満祐)の句を指した。
「『山陰(やまかげ)に、赤松の葉は枯れにける』ですか」と太郎は読んだ。
「そう、それと、次の脇句(わきく)と第三句も重要じゃ」
「『三浦が庵(いお)の十三月夜』と『虫の音に夜も更けゆく草枕』か」と金比羅坊が読んだ。
「まず、発句じゃが、『山陰』にというのは山名の事で、山名によって赤松家が滅ぼされたという意味じゃが、ただ、それだけではない」
太郎と金比羅坊は巻物を見ながら、黙って、夢庵の話を聞いていた。
「問題は脇句なんじゃ。『三浦が庵』というのが意味がわからん。この辺りに三浦などという地はないし、それに『十三月夜』というのもおかしい」
「どうして、おかしいのですか」太郎にはわからなかった。
「これを書いたのが九月五日だから、もうすぐ、十三夜になるから詠んだというのならわかるが、脇句というのは発句を受けて詠むものじゃ。発句は『枯れにける』というから季節は冬じゃ。ところが、脇句の季節は秋じゃ。基本としては、脇句は発句と同じ季節を詠む事になっておる。それなのに、わざわざ、『十三夜』と秋の語を入れておる。第三句は脇句を受けて、秋を詠んでおる。第三句としては、もう少し変化が欲しい所じゃが、まあ、問題はない」
夢庵は、太郎と金比羅坊の顔を見比べた。二人とも、何が出て来るのか期待しながら、夢庵の話を聞いていた。
「さて、問題の『三浦が庵』じゃが、三浦というのは場所じゃなくて、『三裏』の事だったんじゃ」
「は?」と金比羅坊も太郎も夢庵の言った意味がわからなかった。
「詠んだ連歌を書くのに四枚の懐紙(かいし)を使うんじゃが、その懐紙を二つ折りにして、一枚目を初折(しょおり)といい、表に連歌を催した月日や賦物(ふしもの)を書き、初めの八句を書く。そして、裏に十四句を書き、二枚目を二折(にのおり)といい、表と裏に十四句づつ書く。三枚目を三折(さんのおり)といい、四枚目を名残折(なごりのおり)というんじゃ。この三浦というのは、三折の裏の事だったんじゃ」
夢庵は巻物をさらに広げ、小さく、『三、裏』と書いてある所を指差した。
「ここが、三折の裏じゃ。三浦というのは、ここの事だったんじゃよ。何句あるか、数えてみろ」
太郎と金比羅坊は数えた。
「十三です」と太郎は言った。
「うむ、十三じゃ。普通、十四あるはずなのに、ここには十三句しかない」
「一句は、どこに行ったんですか」
「一句ずれて、名残折の裏に九句ある。脇句にあった『十三月夜』というのは、この事だったんじゃよ」
「成程、三裏の十三か」と金比羅坊は十三句を眺めながら言った。
「この十三句に、何かが隠されているのですか」と太郎は聞いた。
「ああ、凄い事が隠されておる。ちょっと見た所、おかしい事があるんじゃがわかるかな」
太郎と金比羅坊は十三の句を読んでみたが、どこがおかしいのか、まったくわからなかった。太郎にしても、金比羅坊にしても、今まで連歌など全然、縁がなかった。一応、読む事ができると言うだけで、その歌の意味するものまではわからなかった。
「松という字じゃ」と夢庵は言った。
そう言われても、二人には何だかわからない。
「この中に、松と言う字が三つも出て来る。まず、この『松原』、そして『松の下(もと)』、そして、最後の『松に夢おき』じゃ。連歌において『松』という字は、七句以上隔てなければ使えないという決まりがあるんじゃ」
「へえ」と金比羅坊は感心した。
「どうして、隔てなければならないのですか」と太郎は聞いた。
「連歌において、一番嫌うのが同じような事を繰り返し詠む事じゃ。前の句の連想から次の句を詠む。その次の句の連想から、また次の句を詠む。しかし、三番目の句が一番初めの句と似ていたのでは、同じ所をぐるぐる回っているようで、全然、変化も発展もないんじゃよ。それで、次々と発展させるために、この言葉は何回まで使っていいとか、この言葉は何句か隔てれば、また、使ってもいいというような決まりができたんじゃ」
「という事は、『松』という字が、こう何回も出て来るのは良くないという事ですか」
「そういう事になる。まさか、性具入道殿を初め、誰も気づかなかったというわけではあるまい。また、戦の最中で、一々直す暇がなかったのかもしれんが、わしは、そこの所がどうも臭いと思った。何か、『松』という字を並べなければならない理由があるに違いないと思ったんじゃ」
夢庵が筆と紙を貸してくれというので、太郎は用意した。
夢庵は巻物を見ながら、まず、最初に、性具の発句を写し、その後に、三折の裏の十三句を全部、ひらがなに書き直した。
太郎と金比羅坊は、夢庵のする事を黙って見ていた。







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