お寺を飛び出した藤吉(後の豊臣秀吉)は祖父のいる清須城下で、手に職を付けようと様々な職業を経験しますが、どれも長続きしません。祖父に連れられて津島に行き、叔父の塩屋に奉公しますが、そこも飛び出して、蛤売りになります。
藤吉も十四歳になり、多少、色気づいて、人並みに女に興味を持ち始めていた。
自分ではもう一人前の男だと思っていても、はた目から見れば、身なりの小さい藤吉は十歳位の子供にしか見えなかった。花街の女たちも、藤吉を子供だと思って気を許して、からかって遊んでいるだけなのだが、藤吉は毎日、花街に行くのを楽しみにしていた。
「あら、また、お猿さんが蛤を売りに来たわ」と、ここでも猿呼ばわりだった。でも、藤吉は怒らなかった。猿と呼ばれると、わざと猿の真似をしてお道化て見せ、女たちを喜ばせていた。
「今日は大きな蛤が入りました。うまいですよ。みんなで召し上がって下さい」
「お猿さん、あたしの蛤もおいしいのよ。召し上がる?」とツバメ姉さんが笑いながら言った。
「お姉さんも蛤を売ってるんですか」と藤吉は不思議そうに聞いた。
「そうよ」とツバメ姉さんは身をくねらせた。
「まあ、大きな蛤だこと」とヒバリ姉さんが顔を出した。「でも、スズメちゃんには負けるわね」
「お姉さん、ひどいわ。あたしのそんなにも大きくないわよ」とスズメ姉さんは口をとがらせた。
「いいえ。あたし、知ってるのよ。スズメちゃんのは大きいって評判よ」
女たちはキャーキャー騒ぎながら蛤を手に取って、あたしの蛤より大きいだの小さいだの言っていた。藤吉には何の事かわからず、きょとんとして話を聞いていた。
「そうだわ。お猿さんに比べてもらいましょうよ」とヒバリ姉さんが言った。
「そうよ。それがいいわ」とツバメ姉さんが賛成した。
「やだわ、お姉さん、そんなの見せられないわ」スズメ姉さんは反対したが、
「相手はまだ子供よ。ほら、この子ったら、何もわからないのよ」とツバメ姉さんが言うと、スズメ姉さんは藤吉の顔を見つめ、「そうね、いいわ」とうなづいた。「絶対に、あたしの方が小さいんだから」
スズメ姉さんは大きな蛤を手に取ると藤吉に手渡し、着物の裾をまくり上げると、藤吉の目の前で股座(またぐら)を広げて見せた。
「さあ、あたしのとその蛤どっちが大きい」
藤吉はスズメ姉さんの行動に驚いたが、初めて見る女の股座にじっと見入った。姉さんたちが言うように、それは確かに少し口を開いた蛤に似ていた。こんな物が女の股座に隠れていたのかと藤吉は不思議に思った。姉や母の裸は見た事あっても、蛤までは見た事はない。それに、大工の善八のおかみさんの裸も毎日、見ていたが蛤には気がつかなかった。
「さあ、どっちなのよ。あたしの方が小さいでしょ」
藤吉は手に持った蛤とスズメ姉さんの蛤を比べて見た。スズメ姉さんの方が大きいと思ったが、スズメ姉さんが睨んでいるので、「小さいです」と答えた。
「ほらね」とスズメ姉さんは満足そうに笑って、着物を降ろした。
目の前にあった蛤は白昼夢だったかのように消えてしまった。もう少し見たかったと思っていると、今度は、ツバメ姉さんが着物をまくって、藤吉に蛤を見せた。
「ほら、あたしの蛤、おいしそうでしょ」とツバメ姉さんは指で自分の蛤を摘まんで見せた。ツバメ姉さんの蛤は生きがいいのか、濡れて光っていた。
「なに言ってんのよ。あたしの方が新鮮なのよ」と次々に女たちは着物をまくって見せた。
藤吉は目が眩むかと思うほど、頭に血が上って呆然となった。目を丸くして、ぼうっとしている藤吉を眺め、女たちはキャーキャー笑いながら、家の中に引っ込んで行った。
姉さんたちの蛤を頭にちらつかせながら、藤吉は蛤を売るのも忘れて、新助の家に帰った。
「売れ残ったのかい。しょうがないねえ」とおかみさんは残った蛤を焼いてくれたが、どうしても食べる事ができなかった。



ラベル:戦国の女性