草津温泉の領主、湯本善太夫の養子になって、跡継ぎになるために修行を積んでいた三郎は惚れていた北条家の娘に振られ、何もかもやる気をなくしてしまいます。
武術師範の山伏、東光坊はそんな三郎を真田郷に連れて行き、三郎の実の父親、湯本三郎右衛門の供養塔を見せます。
三郎は顔を上げた。目の前に石碑が立っていた。こんな所に立ち止まって、何をしているのだろうと東光坊を見ると、片手拝みをしながら目を閉じていた。
三郎はもう一度、石碑を見た。
湯本三郎右衛門殿と大きく書いてあった。その上に追善供養と書いてある。三郎右衛門の下には小さく何人もの名前が並んでいた。そして、石碑の回りには、いくつもの花が供えられてあった。
「師匠、これは何なのです」と三郎は東光坊に聞いた。
「お前の親父の供養塔じゃ」と東光坊は答えた。
「えっ、どうして、こんな所に父上の供養塔があるんです」
「お前、親父が何で戦死したのか知っているか」東光坊は厳しい顔付きで三郎を見つめた。
「箕輪攻めの時、殿軍(しんがり)を務めて立派に戦死したと‥‥‥」
「そうじゃ。この供養塔はお前の親父が殿軍を務めたお陰で助かった者たちによって立てられたんじゃ。あの時、真田軍は二手に分かれて箕輪に向かった。源太左衛門殿率いる一隊は大戸を通って鷹留城へと向かい、兵部丞殿率いる一隊は榛名山を越えて箕輪城へと向かったんじゃ。兵部丞殿率いる一隊の中に、お前の親父が率いた湯本勢がいた。その時、お屋形様は前の戦で怪我をしていてな、お前の親父を大将として出陣させたんじゃ。兵部丞殿率いる一隊は榛名湖の先にある摺臼(すりうす)峠の砦を攻め落とした。その砦から真っすぐ下りれば箕輪城の裏に出るんじゃ。表から攻める武田軍と呼応して箕輪城を攻めるはずじゃった。ところが、そこに越後から来た上杉軍がやって来た。兵部丞殿は戦闘命令を下した。敵の方も不意打ちを食らって慌てたが、兵力は味方の倍以上あった。このままでは全滅してしまう危機に見舞われたんじゃ。兵部丞殿は退却する事に決めた。しかし、そのまま山を下りれば箕輪城に出てしまい、挟み撃ちに会ってしまう。挟み撃ちに会わないためには、誰かが殿軍として残り、敵をくい止めなくてはならん。その時、殿軍を志願したのが、お前の親父だったんじゃよ。お前の親父に率いられた湯本勢は立派に殿軍を務めて全滅し、他の者たちの命を助けた。助けられた者たちの中に兵部丞殿が率いていた真田勢が二百人いたんじゃ。その者たちによって、この供養塔は立てられ、あれから三年余りが経つというのに、未だに、これだけの花が供えられているんじゃ」
三郎は改めて供養塔を見た。三郎右衛門の名前の下に並んでいる名前を読んでみた。知らない人が多かったが、時々、父親を訪ねて三郎の家に遊びに来ていた人の名前もあった。
「お前に親父の真似ができるか。助かる見込みなどまったくないのに、殿軍を志願する事ができるか。もし、あの時、お屋形様が怪我をしていなくて出陣したとしても、同じ結果になったじゃろう。それ程の覚悟がなくては、お屋形様は勤まらんのじゃ。わしが言いたいのはそれだけじゃ」
三郎は供養塔に書かれた湯本三郎右衛門という字をじっと見つめていた。お屋形様を継ぐ以前に、今の自分は三郎右衛門の名を継ぐにも値しないと思った。女に振られて、いつまでもくよくよしている自分が情けなかった。自分の事しか考えていない自分が情けなかった。





ラベル:戦国草津温泉記