愛洲移香斎に命じられて風摩砦の武術師範代になった菊寿丸(後の北条幻庵)は一年間の修行を終えた若い修行者たちを送り出します。その時、女師範の茜が、「時には若い師範も必要かもしれないわね」と菊寿丸に言いいます。
「はい。いい修行になりました」と菊寿丸は一年間を振り返りながら答えます。
「あたしたちにもいい刺激になったわ」と茜は菊寿丸を見ながら言います。「あなたは忘れていた昔の事を思い出させてくれたのよ。あたしもここに来たての頃は情熱があった。あたしだけじゃないわ。みんな、そうよ。素晴らしい修行者を送り出してやろうと真剣だったの。毎年毎年、同じ事を繰り返しているうちに、そんな事、すっかり忘れちゃったのね。慣れっていうのは恐ろしいという事も思い出したわ。現役の頃、いやという程、教え込まれたのにね。何でも慣れてしまうと必ず、油断が生じる。それで命を落として行った者は多いわ。ここにいれば命を落とす事はないけど、師範というのは修行者たちの命を預かっているのと同じ事なのよね。ありがとう。あなたがいる限り風摩党も安心だわ。それと今度からね。組頭になる者はここで一年以上、師範をやる事に決まったのよ。あなたを見ていて、あたしが思いついたの。お頭に言ったら、それはいい考えだって賛成してくれて、すぐに決まったわ」
「そうでしたか」
「また顔を出してね。あなたとの約束破っちゃったけど御免なさい」
「えっ?」
「あんまり石頭ばかりだから、あなたが菊寿丸様だって言っちゃったのよ。あなたが修行者たちの入るべき組の事で師範たちと言い争っている時にね」
「それで、俺の意見がすんなりと通ったのですか」
「結果を言えばそうだけと、みんな、喜んでくれたわ。あれだけ修行者の事を思ってくれれば、きっと風摩党のみんなを見守ってくれるに違いないって‥‥頑張ってね。重すぎるかもしれないけど、あなたなら絶対にできるわ」
「はい。やるつもりです」と菊寿丸が力強く答えると茜は嬉しそうにうなづきました。





ラベル:北条幻庵