戯作者の十返舎一九の家に、浮世絵師の喜多川月麿が飛び込んで来て、昔に惚れた深川(辰巳)の芸者、夢吉が上州の草津の湯にいるので、草津に行こうと一九を誘います。
当時、一九は「東海道中膝栗毛」が売れて、有名な作家になっていました。月麿は美人画で有名な歌麿の弟子で、挿絵などを描いていましたが、まだ有名とはいえませんでした。
「どうせ、また、振られるに決まってらア」と一九は乗り気ではありませんが、
「振られたっていいんだ。今度、振られたら、俺もきっぱりと夢吉の事は諦める」と月麿は言います。「ただ、もう一度、夢吉を描きてえんだ。今の俺は自分の絵がわからなくなっちまったんだ。師匠(歌麿)が亡くなって、二代目(にでえめ)を初めとして誰もが師匠の真似をしてやがる。版元も師匠の真似をして描きゃア売り出してくれる。俺も師匠の真似をして絵を描いた。でもよお、違うんだ。師匠はいつも言ってたんだ。俺の真似なんかするんじゃねえ。てめえの女を描けってな。歌麿じゃなくて月麿の女を描けって言ってたんだ。でも、俺にはわからなくなっちまった。もう一度、夢吉に会って、夢吉を描いたら、自分の絵ってえのがわかるかもしれねえ」
「そうか‥‥‥歌麿師匠がそんな事を言ったのか。確かに、今時の美人絵はどれもこれも師匠の物真似だ。歌麿師匠を越えるのは難しいが、弟子として、おめえがやらなきゃならねえぜ」
「師匠を越えるなんて、そんな大それた事まで考えちゃアいねえ。ただ、自分の絵を描きてえんだ」
「よし、おめえがそれ程まで言うなら、一肌脱がなくっちゃアならねえな」と一九は言って、二人は草津の湯へと向かう事になり、珍道中が始まります。





ラベル:浮世絵師