2014年07月21日

馬天ノロ

 尚巴志の叔母の馬天ノロは、先代の馬天ノロが亡くなった時、島添大里のサスカサノロから教えを受けるように言われます、しかし、若く自惚れも強かった馬天ノロは、先代からすべてを教わったので、これ以上、学ぶものなど何もないと思って、教えを受けませんでした。
 ところが、馬天ノロが24歳になった時、島添大里按司が八重瀬按司に滅ぼされてしまい、大グスク按司から頼まれて、兄が佐敷按司になりました。兄が按司になると、出陣のための儀式や戦勝祈願などを執り行なわなければなりません。そういう事は先代からは教わっていませんでした。今になって、先代が言った事の意味がわかり、サスカサノロを探しますが、見つかりません。噂では、グスク内にいて、殺されてしまったのだろうと言います。馬天ヌルは後悔しますが、後の祭りでした。
 伯母である大グスクノロに教えを請いますが、大グスクノロは後継者の若ヌルの指導に忙しくて、なかなか教えてくれません。そして、五年後には大グスクも攻め落とされ、大グスクノロも亡くなってしまいます。出陣の儀式は教わりましたが、まだまだわからない事がいっぱいありました。玉グスクノロか糸数ノロに頼もうかとも思いましたが、大グスクの落城の後は疎遠になってしまい、頼む事はできませんでした。
 それから二年が経って、父のサミガー大主の所で働いているウミンチュから、久高島に七年間もウタキ(御嶽)に籠もって祈りを続けているノロがいると聞きます。七年前と言えば島添大里グスクが落城した時です。もしかしたら、サスカサノロではないだろうかと思って、すぐにでも久高島に行きたかったのですが、教えを請うとなると、しばらく留守にしなければなりません。姪のマシューを一人前のヌルにしてから行こうと諦めます。
 旅をするには身を守らなければならないと思い、30歳を過ぎているのに、マチルギから剣術を習います。マシューを相手に稽古に励んで、みるみる上達します。そして、マシューを佐敷ヌルに就任させると、馬天ヌルは旅に出るサハチ夫婦と一緒に久高島に渡ります。共に、旅をしたヒューガには以前から好意を持っていました。しかし、ノロとして、そんな事はしてはいけないと気持ちをずっと抑えていました。
 久高島で、フカマヌルと会い、フカマヌルに娘がいる事に驚き、ヌルはマレビト神となら結ばれてもいいと聞きます。その時から、馬天ヌルの心の中で、ヒューガはマレビト神となるのでした。
 馬天ヌルはウタキに籠もっているサスカサノロと出会い、教えを請い、許されて、共にウタキに籠もります。半年後、佐敷に帰った馬天ヌルは、余計な物をすべて捨て去ったかのような、さっぱりとした顔付きで、まるで、神気が漂っているようでした。何事にも囚われる事なく、自由気ままに暮らし、自然の成り行きで、ヒューガと結ばれて、娘のササが生まれます。
 ササが生まれてからは、娘を育てるためにおとなしくしていましたが、40歳になった時に、ウタキ巡りの旅に出ます。旅は五年にも及び、馬天ヌルは各地で奇跡を起こして、各地のノロたちから尊敬される存在となっていくのでした。


馬天ヌルの略歴

尚巴志伝


    
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2014年07月17日

三好日向

 尚巴志の武術師範を誰にするかを考えた時、まず、浮かんだのは神道流の流祖の篠長威斎でした。しかし、長威斎は尚巴志よりも15歳も年下でした。
 次に、念流の慈音を調べると、尚巴志よりも二十歳位、年上でした。年齢的には丁度いいのですが、慈音が琉球に来るというのは、少し無理があるので、慈音の弟子という事にしました。新しい人物を創作しようと思っていた時、ふと、「陰の流れ」に登場した「智羅天」の事が頭に浮かびました。愛洲移香斎と出会った時、百歳を過ぎていたはずでした。調べて見ると、尚巴志の父親の思紹よりも一つ年下でした。これは丁度いいと思い、登場してもらう事にしました。
 勿論、「陰の流れ」に「智羅天」を登場させた時に、こんな展開になるとは思ってもいませんでした。「陰の流れ」で登場した場面は、ほんのわずかでしたが、以後、移香斎の生き方にかなりの影響を与えています。彼の若き日の姿を書いてみたいと思いました。
 日向の剣術の師匠は慈音です。遊行聖として旅を続けていた慈音と出会った日向は共に旅をしながら、剣術の指導を受けます。二年間、共に旅をしながら修行を積んだ日向は、故郷に帰り、戦で活躍します。美しい妻を迎え、子供もできて幸せに暮らしますが、戦のために家族を失ってしまいます。
 失意のどん底に落とされた日向は、世を恨み、世を儚んで、故郷を去ります。博多で、早田三郎左衛門と出会い、対馬島に行きます。そして、戦のない平和な国へ行こうと、早田三郎左衛門の船に乗って、琉球に行きます。琉球に来てみると、海の美しさに驚き、まるで、夢の国のようだと喜びますが、やはり、琉球にも戦はありました。
 琉球も長居する場所ではないと思いますが、共に旅をしたサハチに興味を持ち、サハチの剣術師範として残る事にします。サハチのヤマトゥ旅にも同道して、対馬島でサワと再会しますが、また別れて、琉球に戻ります。
 サハチの父が隠居して、サハチが佐敷按司になってからは、サハチの弟たちの指導に当たります。
 倭寇のお頭に扮して、久高島に行き、サグルーと会って話をしているうちに、サグルーを助けるために山賊になろうと決心します。それからは、サグルー父子のために裏で活躍して、サハチは島添大里按司になり、サグルーは中山王になります。
 今後の展開はわかりませんが、多分、尚巴志がなくなるまでは琉球にいるでしょう。その後、ヤマトゥに帰って、山伏となり、1470年に、愛洲移香斎と出会い、すべての技を伝授して亡くなります。その頃、琉球では尚巴志の一族は滅ぼされ、尚円王統が始まっていました。


尚巴志伝

陰の流れ《愛洲移香斎》


      
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2014年07月14日

尚巴志との出会い

 琉球王国は当然の事ながら、日本の国ではありません。ですから、日本史では琉球の歴史は学べません。
 私が、尚巴志(しょうはし)という人物を知ったのは三年ほど前の事です。それまで、私はその存在すら知りませんでした。
 「沖縄二高女看護隊・チーコの青春」を書くとき、沖縄の昭和史は調べましたが、それ以前の事は何も知りませんでした。何年か経って、琉球の歴史を調べて、尚巴志と出会いました。
 まず、思ったのは変わった名前だという事です。領主の事を按司(あじ)といい、城の事をグスクといい、ノロと呼ばれる卑弥呼のような女性もいて、面白い世界だと思いました。尚巴志は小さなグスクの按司から出発して、琉球を統一します。まさに、琉球の英雄です。しかし、色々と調べて見ましたが、詳しい事はよくわかりませんでした。それでも、何か惹かれるものを感じて、小説を書こうと思い立ちました。
 琉球王国関連の本を読みあさってみましたが、当時の時代背景がよくわからず、イメージが浮かんで来ませんでした。
 時代の流れを把握するために、琉球と日本と中国と朝鮮の比較年表を作ってみました。
 日本の戦国時代の事は、今までに何作か書いていますので、ある程度、わかりますが、その百年前の南北朝時代の事は調べなければわかりませんでした。さらに、元や明、高麗や朝鮮の事も調べて、何とか、イメージが浮かぶようになってきました。
 資料を調べたお陰で、懐良親王(征西将軍宮)、朱元璋(洪武帝)、朱棣(永楽帝)、李成桂(初代朝鮮国王)という魅力的な人物に出会えました。
 次に主要登場人物の略歴を作りました。それぞれの人物像がはっきりすると、登場人物たちは勝手に動き始めます。
 思っていたよりも長い時間が掛かり、思っていたよりも長い物語になりましたが、何とか、完成する事ができました。
 いつも、小説を書いている時に感じる事ですが、何か目に見えない不思議な力によって書かされていると感じます。今回の小説は、その事を強く感じました。書いているうちに、今まで思ってもいなかった展開になっていく事が何度もありました。
 目に見えない不思議な力に感謝いたします。


尚巴志伝
ラベル:琉球 尚巴志伝
posted by 酔雲 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 酔雲独言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする